神に祝福されたその存在は、
母親の腕に抱かれて眠っていた。
その存在の未来に対する期待。
その存在の尊さに対する喜び。
そんなものがこもった視線を受け止める術も知らず、
その存在はただ、母親の腕に抱かれて眠っていた。
赤ちゃん。
友人夫婦が授かった赤ちゃんは、
つけられたばかりの自らの名前の意味も知らず、
ただただ眠り続けていた。
オレはその日、友人達と、
子供が生まれたばかりの友人夫婦の家に遊びに行った。
「遊び」と言うよりは「お祝い」だ。
新しい生命を授かった友人への。
「人生」というヤツのスタートを切ったばかりの、友人の子への。
友人夫婦は、出産時の苦労などを楽しそうに話す。
やはりウレシイのだろう。
「大変だった」を連発する友人夫婦の顔は、微笑みに溢れていた。
「ウチの子、見ます?」
母親になったばかりの友人の奥さんが
生まれたばかりの赤ちゃんを抱いてきた。
「まだ寝てるよ」
可愛らしい熊の絵が描いてある衣に身を包まれた赤ちゃんは、
母親の腕の中で眠っていた。
友人達が、その顔を覗き込む。
「うわっ、カワイイなぁ〜」
「や〜ん、カ〜ワ〜イ〜」
みんな、それぞれが、カワイイカワイイと連発する。
「そんなにカワイイのか?どれどれ」と、
オレも、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
・・・・・・
カワイイですか?コレ。
だって、赤いぞっ!!
赤いぞっ、顔がっ!!
しかもシワシワだっ!!
なんじゃい!!
オマエは紀州梅かっちうの!!
しかし、みんなは相変わらず
「カワイイカワイイ」と連発する。
本気!?
ねぇ、本気で言ってるの!?
「なぁ、ゲル、
カワイイと思わねぇ?」
不意に友人が、オレに振ってきた。
「うん・・・
なんか・・
ずいぶん赤いね・・・」
シーン。
みんな、シーン。
いや、オレにも解る!!
赤ちゃんという、その存在の尊さとか、
美しさというかなんちうか、そんな感じのモノはオレにも解る!!
でも、なんちうか、ビジュアル?
ビジュアル的なモノをカワイイとは・・・
オレには・・・
その時オレは思った。
みんな大人なのだな、と。
大人はこういう時、
嘘でも「カワイイ」と言わなければイケナイのだな、と。
オレもいい加減大人だ。
今は剃毛のせいでチョロチョロだが、もちろん普段はボゥボゥだ。
大人なら当然、「カワイイ」と言わなければイケナかっただろう。
でもオレは、
自分に嘘をつきたくなかった!!
とても「カワイイ」とは言えなかった!!
シーンと静まり返る中、一人の友人が口を開いた。
「やっぱ、赤いから赤ちゃんって言うんじゃねぇのかな・・・」
途端にみんなが口を開く。
「ああ、そうだそうそうそう」
「やっぱそうだよねー」
オレは友人達に救われた。
そして話はいつの間にか、
赤ちゃんが、父親か母親か、
どちらに似ているかという話になっていた。
「やっぱ、お父さん似だと思うなぁ」
「いや、目の辺りとかはお母さん似だよ?」
その子の両親までもが
「オレに似てる」「ワタシに似てる」などとやりだして、
終いには、
「オレの親父にソックリだぞ!!」
「ワタシのお婆ちゃんにソックリだもん!!」
などとやりだした。
正直、どうでもよかった。
ちうか、アホくさかった。
大体、生まれたばかりの子供が
親のお父さんとかお婆ちゃんにソックリだったら大問題だろう。
その赤ちゃんはカワイソウすぎる。
そうは思ったものの、
『「赤いね」発言』という前科があるオレは黙っていた。
そんなオレに、また友人が振ってきた。
「ゲルはどっち派?父親派?母親派?」
オレは、
「紀州梅に似てる」
そんな言葉を飲み込んだ。
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