想イ出 ノ 場所 (後編)
2005年4月9日 日常(↑上からの続き)
オレが、ミサの為に用意したクリスマスプレゼントは
3千円程のオルゴールだった。曲は覚えていないのだが、
確か、円筒形の透明なプラスチックの中に水が入っていて、
その中にスノーマンの人形と、雪に見立てた白い粉状の
サラサラ動く物体が入っている、そんな飾りがついていた。
今思えば、いかにも中学生らしいチョイスである。
いかにも『1/3の純情な感情』を持つ男の選択だ。
クリスマスの夜、オレは、プレゼントを電話の横に置いて、
何回か話す練習をした。
「あのさ、ちょっと話があるから家から出てきてくれないかな」
「え?なに?」
「いや、電話ではちょっと言えない事だから」
自分でミサの台詞も演じる。
ミサがこう答えてきたらこう。
ミサがああ答えてきたらこう。
オレは、想定できるもの全てにおいた対応を練習し、
不良に憧れて喫い始めた煙草で軽く緊張をほぐしてから、
クラスの連絡網で調べたミサの家の番号に、初めて電話をかけた。
まず、受話器をとったのはミサのお母さんで、
オレは、想定外の事にかなり動揺したが、ミサに代わってもらうよう
頼み、ミサが受話器を持ったのを確認すると
練習した事などそっちのけで、極めてぶっきらぼうに言った。
「あの、ゲルタだけど、今からちょっと会いたいんだけど」
そしてオレとミサは、クリスマスの夜にあの公園で会う事になった。
確か、呼び出したオレより、ミサのほうが先に
公園についていたと思う。そうだ、オレは、隣町までの道のりを
雪の中、自転車でソロソロと進んでいったものだから、
遅れてしまったのだ。でも、ミサは、怒ったふうでもなく待っていて、
後から来たオレに、缶入りの“あったか〜い”おしるこをくれた。
自分は缶入りのコーンポタージュなのに。
オレは、「オレもポタージュのほうがよかった」と思いながらも、
“あったか〜い”おしるこを、ありがたくいただいた。
そして、オレは、告白した。
確か、「好きです」とかなんとか、そんなシンプルなものだった
ように思う。ミサはもう、呼び出された時点でオレに何を言われるか
解っていたのだろう。まさか、クリスマスの夜に呼び出しておいて
金の普請でもあるまい。オレが告白する前からいつも以上にニコニコ
していたミサは、オレの告白に対して、こう言った。
「はい、お願いします」
まさしく、飛び上がらんばかりであった。
よくやった!!よくやったぞ、オレ!!
♪テテテテッテッテッテー
頭の中にドラクエのレベルアップ音が鳴り響く。
“ゲルタはかのじょをてにいれた”
♪テテテテッテッテッテー
“ゲルタはキスする権利をてにいれた”
♪テテテテッテッテッテー
“ゲルタはセックスする権利をてにいれた”
♪テテテテッテッテッテー
オレははぐれメタルでも殺したか!?
もう、返事を聞くまで
喉がカラッカラに渇いていたオレは、おしるこを一気に飲み干した。
ますます喉が渇いた。
そしてオレは、人生で2度目のキスをした。
それは、2人の秘密になった。
その後、オレ達は無言になった。ベツに後悔とかではないと思う。
多分、ミサは恥ずかしかったのではないか、と思う。
オレが無言になった理由は、どうやってその日のうちに
セックスまで持ち込むか、そんな事を懸命に考えていたから。
“オレの家で?いや、ここからだとミサの家のほうが近いけど
まさか、ミサの家でなんていうのはちょっと・・・”
中学2年のオレの中にはまだ、ラブホテルという選択肢は無い。
2人の沈黙は長かった。
その時間は、気まずさというヤツが完全に支配していた。
そうこうしてるうち、沈黙をやぶるかのようにミサが言った。
「じゃ、私、帰るね」
嘘っ!?
「見たいテレビあるし」
な、何っ!?
オレがセックスの事で悩んでる時、
ミサはテレビの事考えてたのかっ!?
その日、2度目のキスをすると、ミサは帰っていった。
そしてソレが、2人の最後のキスになった。
別れというのは簡単に訪れるもので、
また、ちょっとした繋がりしかない2人には、
なおさらいとも容易く訪れるもので、次の年のアタマには、
2人は別れる事になった。
理由は意外と複雑で、オレとミサが付き合いだした事を知らない
オレの友人のヨシユキが、ミサに告白したのだ。
隠していた事が仇となった。
オレはミサの前の席に座っていたが、ヨシユキは、
そのミサの隣の席だった。そして更に追い討ちをかけるように、
そのヨシユキの前の席でオレの隣の席に座る女の子マサミに、
オレは、告白されてしまった。見事な四角関係の完成である。
そして、オレ達の仲はギクシャクしたものになり、
いつの間にか何もなかった事になってしまっていた。
実数にして3週間くらいだった。
キスもあの日の2回だけなら、もちろん、
セックスなどしてるはずもなく、オレはまた、
女の子が苦手なボンクラ中学生に戻ってしまった。
あれから十数年。
その公園は、遊具の色が塗り直された以外はたいして変化が無かった。
やたらと背の低い水飲み場。
いっつも犬のウンコがある砂場。
あの日は咲いてなかった梅の花も、今はキレイに咲いている。
そうそう、あのジャングルジムのところで告白したんだ。
ミサは今頃何をしているんだろう。
もう、結婚してこの街にはいないんだろうな。
公園に立ち、昔を懐かしむオレを
近所の奥さんが不審者を見るような目つきで見ているのに気付いたのは
それから数分後の事であった。
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