3人 ノ 男。 ソレゾレ ノ 限界。
2005年5月21日 日常高校時代の同級生に、
ヒデとヒサシという、
サッカー部に所属する二人の男がいた。
ヒデは、中学までは野球部だったのだけれど、
高校になってから、何を思ったのかサッカー部に入部、
いつもヘラヘラしてて不真面目だったけど、
その身体能力の高さで1年の時からレギュラーだった男。
かたやヒサシは、小学生の時からサッカーを続けていたが、
3年間、ベンチにも入れなかった男。
オレが授業中にふざけて、
ヒサシを椅子に縛り付けて廊下に放置したりしても
ベツに怒るワケでもなく、
ニコニコして「ヤメロよ〜」なんて言ってた
そんな、気のいいヤツだった。
オレ達の高校は、ワリとスポーツが盛んな高校だった。
ヒデとヒサシが所属していたサッカー部も、
県内ではワリと強豪の部類に入っていて、
ある年、そのサッカー部が全国大会に出場する事になった。
緒戦の相手は、
運の悪い事に優勝候補筆頭の強豪、鹿児島実業。
授業中、サッカー雑誌を読んでいたヒサシは、
隣の席のオレにその雑誌を見せながら話し掛けてきた。
「ゲルちゃん、全国大会の一回戦でオレらと戦うとこ、
スゲー選手がいるんだよ。この写真のヤツ。前園っつーの。
オレらと同じ歳のクセにさ、写真入りで紹介されてんの。
コイツと戦うんだよ。覚えておいた方がいいよ」
ヒサシは、オレにいろいろ説明してくれたが、
さほど興味が無かったオレは、「へぇ〜」程度に殆ど聞き流していた。
ヒサシは、同い歳の前園が目立つことが気に入らないらしく、
「ちきしょー」とばかり繰り返していた。
そして、その全国大会。
ウチの高校では、バス何台かの応援団を作って
サッカー部を応援しに行くことになり、
もちろん、お祭り好きのオレも、そこに参加した。
決して多くはない応援団がスタンドに陣取る。
応援団の前の方には、ベンチに入れなかったサッカー部員がいて、
その中にはヒサシの姿もあった。
ヒサシは、応援団の中心になって懸命に応援している。
ただ、お祭り騒ぎに参加したかっただけのオレは
サッカーの応援などどうでもよく、
頑張って応援しているヒサシを見ては、
「よくやるな〜」などと冷めた感想を仲間と言い合いながら
トイレでタバコを吸ったりしていた。
試合の方はボロボロだった。
無惨な内容だった。
鹿児島の物凄い強さに、応援団も半ばあきれ返っていた。
とりわけ凄かったのは、オレらと同じ歳の前園だった。
圧倒的な存在感。
ボールは自然と前園のところに吸い付くように転がっていく。
前園がボールを持つ度に、鹿児島側の応援団からは歓声が、
ウチら側の応援団からはため息が漏れる。
あきらかに、全国レベルの選手だった。
そんな鹿児島を相手にした試合は、
8対0だか9対0だかの一方的な内容で、ウチらが負けた。
しかも、そのうちの1点は、ヒデが得点したもの。
オウンゴールだった。
試合後、どうしようもない大差にかえってサッパリでもしたのか、
選手達の顔には悔しい表情などは見当たらなかった。
自分達のゴールに得点を入れてしまったヒデは、
それを笑いのネタにさえしていた。
でも、スタンドでは泣いているヤツがいた。
ヒサシだった。
サッカーの全国大会が終わると、
ヒデもヒサシも、そしてオレも、日常に戻った。
授業中なのに教科書も出さず席を離れ、オレ達は、
教室の後ろのほうに集まると、ヒデから全国大会の話を聞いていた。
「どうよ?全国大会で1点入れた気分は?自殺点だけど」
「あ〜、たいしたことねぇわ。
オレ、センタリングをクリアしようとしたんだよ。
で、ヘディングでクリアしようとしたらさ、
後頭部に当たって、自分のゴールに入っちゃってさ。
しかも、ナイスシュートだったべ?」
オレ達は、ヒデを囲んでゲラゲラ笑っていた。
いつものようにバカ騒ぎだった。
するとそこに、さっきまで大人しく授業を受けていたヒサシが
いきなり入ってきて、ヒデの胸座を掴んで言った。
「ヘラヘラしてんじゃねーよ」
いつもニコニコしてるヒサシが怒りの表情を浮かべている。
「自殺点しといて何笑ってんだよ」
オレ達は、いつもと違うヒサシに驚いてしばらくあっけに取られたが、
事の重大さに気付くと、急いでヒサシを取り押さえた。
オレ達の腕を振り解こうとして暴れるヒサシ。
いつの間にか涙を流している。
そして、暴れながら、ヒサシは殆ど絶叫というような声で言った。
「オレが試合に出てたらな、前園なんかに負けてねぇんだよ!!」
あれから十数年。
朝刊に、小さな記事が載った。
僅か数行の、ほんの小さな記事。
『 元日本代表MF 前園引退 』
ヒサシは、この記事をどういう想いで読んだのだろうか。
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