握る。
心を込めて、握る。
土曜の夜、家の人が旅行に行って誰も居ない中、
オレは1人で、おにぎりを握っていた。
なぜかと言えば日曜日。
ウチの近くの競技場で、女子サッカーリーグ、なでしこリーグの
TEPCOマリーゼVS浦和レッズレディースの試合があったからだ。
入場無料。
オレは、友人達と一緒にその試合を見に行くことになっていた。
試合は午後1時から。
オレ達は、開場する午前11時には競技場に乗り込もうと話していた。
しかし、オレの友人達は、時間に正確に集まった事がない。
だいたい、友人の結婚式にも平気で遅れてくるようなヤツらだから
11時に競技場に乗り込むことなど不可能であろう。
朝だって、ギリギリまで寝てるハズだ。
「きっと、急いだあいつらは、
ご飯が食べられなくて腹減った〜などとぬかすだろうな」
そう考えたオレは、前日におにぎりを握った。
腹が減ったとブツクサ言うであろうあいつらの為。
さすがオレ。
気遣いの男である。
恥ずかしながらオレは今まで、おにぎりなんかを握ったことが無い。
でも、握ったことはなくとも、握れなくはない。
なんせ、塩味を効かせて握ればよいのであるから。
だからオレは握った。
友人たちが「腹減った〜」と言った時、
ササッとおにぎりを差し出したら、アイツらはどんなに喜ぶだろう。
オレは、そんな想像をしながらおにぎりを握った。
そして昨日、日曜日。
やっぱりアイツらは、集合時刻から大幅に遅れて集まった。
11時には競技場に着いてるはずなのに、
集合場所であるオレのウチに全員が集まったのが、
12時少し前であった。
最後に来たカズなんかは、
11時頃にオレが電話をした時には当然のように寝ていて、
ソレから1時間後にオレんちにやってきた。
その1時間の間に何をしてたのかは解らないのだけれど、
カズは、まるっきり寝起きな感じで登場した。
そしてオレ達は、雨が降る中、競技場へ向かった。
競技場は、雨だというのに大変混雑していた。
試合まではまだ数十分あるというのに、
オレ達は、スタンドの上のほうに追いやられる。
まぁ、オレとしては、
サポーターの中心になって応援してるヤツらと離れられるから
少しホッとした。
オレも一応、マリーゼのサポータークラブの会員なのだけれど、
サポーターの中心のグループが気に入らないので
近づくのがイヤだったからである。
オレはいつも思うんだけれど、
どこのチームでも、日本代表でも、
サポーターの中心人物って、一体なんなんだろう。
自分が中心だと自覚しすぎてるのか思い上がってるのか、
メガホンとかで応援歌なんかを強要してきやがって、
なんだか煩わしくてしょうがない。
別に、歌を歌うことだけが応援ではないだろう。
ちうか太鼓うるせぇ。
おそらく、一般的なサポーターからすれば
オレは“心を1つにしてない”ってことになるのだろうけど、
オレは、あんなのと1つになるのはゴメンだ。
と、オレがいつものようにそんな事を考えていたら、
カズが、「腹減ったな〜」などと言い出した。
途端に、マサもタカも「腹減った〜」などと言い出す。
ふふふ。
まったくしょうがねぇヤツらだ。
どうせ、朝ご飯も食べずに来たのだろう。
なぜかオレには、アイツらが可愛らしく見えた。
手のかかる子供をみるような親の気持ちとでも言うんだろうか。
オレは、バッグに忍ばせたおにぎりを確かめる。
「腹減ったわ〜」
「コンビニで買ってこればよかったな」
「つーか、誰かコンビニに行ってなんか買って来いよ」
腹ペコ小僧どもは、明らかにテンションが下がっている。
おにぎりを出すか?
いや、まだ早い。
オレのおにぎりは、溜めて溜めて、最後にドーンと出すのだ。
そのほうが美味しく味わえるし、
なにより、オレへの感謝の気持ちも大きくなるだろう。
だからオレはしばらく待った。
すると、しばらくしてまた「腹減った〜」などと始まる。
ふふふ。
そろそろか。
そろそろオレのおにぎりを出そうか。
自然に。
恩着せがましくなることなく。
「あ、そうそう!!
オレ、おにぎり持ってきたんだった!!」
友人達は、一斉に「マジで〜!!」などと喜びの表情に変る。
テンションだってうなぎ上りだ。
ふふふ。カワイイやつらめ。
ありがたくオレのおにぎりを頂きなさいよ。
オレは、ホイルに包んだおにぎりを差し出した。
「アレ?コンビニで買ってきたおにぎりじゃないの?」
「うん」
「誰が握ったの?」
「オレ」
「ふ〜ん。ありがたく頂いておくわ」
そういうと、バッグにしまおうとするカズ。
「なんだよ!!今食えよ!!」
「だってよ、ゲルタが握ったって、なんだか微妙じゃね?」
「なんでよ!!」
「ちゃんと手、洗った?」
「当たり前だべ!!」
「つーか、この赤い点々って何?」
「“ゆかり”だ“ゆかり”!!
ヘンなもん入ってないから心配すんな!!」
「つーか、“ゆかり”少なすぎじゃね?」
「しょーがねぇじゃん、少ししか無かったんだから」
「だったら入れんなよ」
「うるせぇ!!食え!!オレのおにぎりを食え!!」
「これさ、転がして穴に入ったら、
穴の中からネズミがでてきてありがとうって言うんじゃねぇの?」
「ああ〜、『おむすびころりん』な!!」
「ネズミなんかいねぇよ!!」
「誰か、ガムとか持ってない?」
「だからオレのおにぎりを食えっ!!」
オレは、真っ先に自分のおにぎりを食べた。
「んんん、食わないほうがいいかも・・・。
めちゃめちゃしょっぺぇ・・・」
おにぎりは奥が深い。
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