数ヶ月前か、数年前か。
ある日の事だった。
家族みんなの衣類を洗濯してくれていた母親が、
洗濯物を干しながら、オレに言った。
「このアンタのパンツ、
もうボロボロだから捨てちゃっていいでしょ?」
すべては、母親のそんな一言から始まった。
母親が持っていたのは、オレのパンツだった。
ブリーフ。
色つきのブリーフだ。
念のために断っておくと、オレはブリーフ派ではない。
かと言って、トランクス派でもなければボクサー派でもない。
いわゆるオールラウンダーである。
日によって、ブリーフの時もあればボクサーの時もある。
すべては、その時の気分なのだ。
まぁ、女子と飲みとか、そんな日にはブリーフは履かないが。
母親が持っていたオレのブリーフも、
そういった使用状況の中で、オレが長年愛用したモノであった。
ソレを持って母親は、
「捨てちゃっていいでしょ?」と言う。
見ればそのブリーフは、
母親が言うようにボロボロであった。
ブリーフに開いている4つの穴のうち、
(1つは腰を通す穴、2つは両足を通す穴、
残りの1つはチンコを通す穴である)
両足を通す穴に仕込まれたゴムが伸び伸びになっている。
しかも、ソレだけではない。
ゴムが伸び伸びになっているどころか、
そのゴムを包んでいるべき布地が擦り減っていて、
そのゴムが表に露出しているのだ。
母親は、ソレをもって「ボロボロ」と評し、
「捨てちゃっていい?」と言うのだ。
オレは思った。
確かに、そのパンツはボロボロだ。
だが、どうだろう。
果たしてソレは、捨てるほどのモノなのであろうか。
確かにソレは、布地が擦り減ってゴムが露出している。
しかし、ベツに、
パンツとしての機能を失ったワケではないのである。
そもそも、パンツ本来の役割とは何か。
ソレはきっと、ケツとかチンコとか、
大事な部分を覆い隠す事にあるはずである。
そう考えれば、足を通す穴の部分のゴムが露出したからといって、
まだそのパンツは、
パンツとしてじゅうぶんに活躍できるレベルにあるのである。
パンツとしての能力を失ったワケではないのである。
そんな、まだじゅうぶん活躍できるパンツを捨ててしまうというのは、
少々乱暴なのではないか。
というか、長年、
自分のケツとかチンコを保護してくれたパンツに対して、
礼を失するのではなかろうか。
オレは、母親に対して応えた。
「まだ全然履けるから。捨てないでよ」
そう、そのパンツはまだ、全然履けるのである。
ゴムが露出しようが何しようが、
ケツとチンコさえ守っていてくれれば、
まだ全然パンツとしての存在意義を失ってはいないのである。
それからというもの、
オレは、そのパンツを履き続けた。
だいたい、ローテーションによって週イチのペースだろうか。
オレは、そのゴムが露出したパンツを履き続けた。
雨の日も風の日も。
晴れの日も雪の日も。
時には、女の子とデートとか、そんな肝心な日に
ローテーションでそのパンツの順番がまわってきてしまい、
そのパンツにはお休みしてもらう日もあった。
思えば、そのパンツはブリーフであるが為、
そしてボロボロであるが為に、女子とデートの日など、
人生に大きな影響を与えるかもしれない日には、
常に代打をだされていたのだから、
そのパンツには少し気の毒なことをしてしまった気がする。
だが、そのパンツは、オレにとって、無くてはならないモノであった。
女子とデートなど、
そんな、きらびやかな表舞台に立つことはなくとも、
そのパンツは、裏方として
オレの日常を支えつづけてくれていたのである。
ゴムを露出させてボロボロになりながらも、
縁の下の力持ち的存在として、
オレの力になってくれていたのである。
しかし、
とうとうそのパンツともお別れの日がやってきた。
今朝のことである。
今朝、オレの下半身には丁度、
その、ゴムの露出しているパンツが装着されていた。
今日は特に用事もなにもない。
だから今日も、オレはそのパンツを履いて、
ゆっくりと朝食を食べていた。
コタツに入ってゆっくりと味噌汁なんかを飲んでいた。
と、その時である。
突然オレは、ケツに痒みを感じたのである。
なんか知らんがケツが痒い。
ムズムズする。
オレは、ケツを掻こうかと思ったのだが
両手にはお味噌汁の入った器とお箸。
ソレを置くのも面倒に感じたオレは、
ケツを動かし、座布団に擦りつける事で、痒さをしのごうとした。
と、その時。
ケツを動かし、更に、半ケツだけ浮かせたその時。
「ツィィィッ」
そんな、聞き慣れない音がオレの耳に飛び込んできた。
一瞬、「なんの音だろう」と思ったのだけれど、
すぐさまオレは、またご飯を食べ始める。
そして食事を終え、トイレに入った時、
オレは、さっきの音の意味を理解した。
パンツのケツ部分が破れていたのである。
「ツィィィッ」という音は、ケツが破れた音だったのだ。
長年連れ添ったと言ってもよいパンツが、
あんな事で、半ケツを浮かせたくらいで破れてしまったのだから、
あまりにも唐突すぎた。
これで完全に、このパンツとはお別れだ。
そう思うと、オレは、
何か今日一日が、とても沈んだ日になるように思えた。
せめて、もう一度自分の手で洗濯してから捨ててあげよう。
オレは、そう決めると、新しいパンツを履いた。
コメント