ウチの街の中心地をだいぶ離れ、
とある道を宮城県方面に向かってずぅっと進むと、
その道沿いに、1軒の寂れた本屋があった。
「本屋」と言っても教養になるような本は無く、
薄汚い店内にズラリと並ぶのは、ヌード写真集とエロ本ばかり。
一口にエロ本と言っても、その店に並ぶのは
普段、コンビニで見かけるようなヤワなエロ本などでは無く、
今まで見た事無いような、過激な、
「こんな本、売っていいの?」って思いたくなるような本ばかりだ。
そのエロ本が並んだ店内を横切って更に奥に進むと、
そこには、エロビデオコーナーがある。
棚にはズラリとエロビが並び、新作も旧作もごちゃまぜになっている。
雑然とした店内。
オレ達は、その本屋を、勝手に「エロ屋」と呼んでいた。
始めに、その本屋を「あった」と書いたのは、
オレ達がそのエロ屋に最後に行ってから、
もう、10年は経っているからだ。
あまり大きな声で言えた事ではないが、
10年以上前、オレ達は、エロ屋の常連客であった。
なんせ21、22歳の頃の若い時期であったから、
常に暇を持て余し、
オレ達は、やる事が無くなるとエロ屋に行って、
金がある時はエロビやエロ本を買い、金が無ければ、
エロビのパッケージやエロ本を見ながら議論を交わすという、
そんなアホクサい日々をのうのうと過ごしていた。
そして、ついには、店番をしているおばあちゃんに、
「いつもありがとうね」と言われる程の常連客になった。
(念の為に言っておくと、
エロ関係の店で常連になる事、しかも、
「いつもありがとう」と言われる程の常連になる事っていうのは、
意外と難しい事である。なんせ、エロ関係の店というのは基本的に、
客も店員も、他人には一切干渉しないところが多く、
他人との交わりを拒絶している空気が立ち込めているからである)
店番のおばあちゃんは、オレ達が買い物をしようとしまいと、
オレ達の顔を見る度に毎回、「いつもありがとうね」と言ってくれた。
エロ屋を経営してるのは、どうやら中年のオッサンのようだった。
そして、店番として、レジに
そのオッサンの母親とおぼしきおばあちゃんが座っている。
どういう理由があるのか知らないけれど、
おばあちゃんは、いっつもオッサンに怒られていた。
オレ達がエロ屋に行くと、
商品の陳列の仕方が気に入らないのかなんなのか、
決まってオッサンは、おばあちゃんを怒っていた。
オッサンは、客がいる事を考えているのか、
ヒソヒソ声のつもりでおばあちゃんを怒っていたようだったけれど、
その声は、ヒソヒソ声には程遠く、
オッサンのおばあちゃんを怒る声は、
まるっきり店内に筒抜けの状態であった。
小さいおばあちゃんが、オッサンに怒られることによって、
いちだんと小さく見える。
それでもおばあちゃんは、店に入ってきたオレ達を見つけると、
怒られながらも、
「いつもありがとうね」
そう言って暖かく迎えてくれた。
そして、またオッサンに怒られていた。
オレ達は、おばあちゃんが怒られているその姿を見るのが
なんだかしのびなかった。
そして、やがて歳をとるにつれて、
エロ屋を訪れる回数も徐々に減り、
仲間の殆どが結婚してしまった今では、誰も、
エロ屋には行かなくなってしまっていた。
そして、それから10年経った。
先日、いつもの仲間達と集まった時、誰かが言った。
「そういえば、エロ屋って潰れたの?」
誰も知らなかった。
エロ屋が潰れてしまったかどうか、
オレ達の中には、誰も知る者がいなかった。
ただ、皆、最後にエロ屋に行ってから今までの10年の間に
「エロ屋が潰れた」という噂だけは聞いたことがあった。
なんでも、エロ屋のすぐ近くに、
エロ本やエロビを売る大型のチェーン店が出来たために、
その煽りを受けて、エロ屋は潰れてしまったのだという。
そんな噂は、みんな聞いていた。
エロ屋の近くに大型チェーン店が出来たのは事実で、
その店は、深夜になるとよく、TVCMを流していた。
でも、それでエロ屋が潰れたかどうかは、誰も知る所では無かった。
「じゃぁさ、今からエロ屋に行くべ!!」
誰かが言った。
オレ達は、車に乗り込み、23時過ぎに
エロ屋に向かって走り出した。
その道をエロ屋に向かって走るのは、10年ぶりのことだった。
エロ屋についたのは、もうすぐ日付が変ろうとしていた時間だった。
エロ屋はあった。
エロ屋は、確かにそこにあった。
「なんだよ、まだ潰れてねぇじゃんなー!!」
嬉しいといった口調で誰かが言った。
オレも嬉しかった。
本来なら、そういう店がある事自体が
社会的にはあまり望まれない事なのだろうけど、オレ達は、
エロ屋がまだ、営業してることが嬉しかった。
オレ達は、エロ屋に入った。
エロ屋が大型チェーン店の煽りを受けているというのは
どうやら本当のようで、店内は、
商品も客も、閑散といった状態であった。
しかし、
10年前とはだいぶ変ってしまっていたけれど、
エロ屋に立ち込めている空気は、10年前と変らなかった。
そして、10年前と同じように、
おばあちゃんはオッサンに怒られていた。
「あら、久しぶりだね。ありがとうね」
声をかけてきてくれたのは、おばあちゃんの方からだった。
怒られながらもオレ達に声をかけ、
そして、その後また怒られ続ける。
おばあちゃんの何がイケナイのか知らないけれど、
オッサンは、おばあちゃんを怒り続けていた。
あれから10年経って、
おばあちゃんは、ますます小さくなったようだった。
そんなおばあちゃんが、怒られてますます小さくなっている。
オレ達は、ソレを苦々しく思った。
仲間の1人が、エロビを買った。
おばあちゃんは、「ありがとうね」と言って、
ガムと、エロビデオのカタログを1人1人にくれた。
そして、オレ達は、エロ屋を後にした。
帰り道、車の中で、誰かが言った。
「エロ屋、まだあってよかったな」
うん、よかったと思うよ。
オレは素直にそう思った。
「でも、おばあちゃん、また怒られてたな」
うん、怒られてた。
「あれから10年も、
おばあちゃんは怒られ続けてたのかな」
わからない。
「あの店が潰れない限り、
おばあちゃんは死ぬまで怒られっぱなしなのかな」
そうかもしれない。
「怒られっぱなしの人生って何なんだろうな」
誰かが言った言葉に、
オレ達は、何も答えることができなかった。
コメント
すっごく泣きそうです、今。
おばあちゃんがいつ行っても怒られてるというのにも切ないのに、
「怒られっぱなしの人生って何なんだろうな」
この言葉で、ちょっと涙が…。
そーですよね。
いつ行っても怒られてるということは、
いつもいつもゲルタさん達が行ってないときも怒られているということだから。
すごい切ないです。
なんか、自分の悩みなんてすごくちっぽけなんだなって思いました。
おばあちゃん…。
大事にされて欲しいです。
あたしと住んでる地域はきっと遠いんだろうけど、
なんだか切なくて切なくて今すぐ行って、
何とかしてあげたい気分です。
とは言いつつも、そういうことって他人がどうにか出来る
問題じゃないんですけどね…^^;
ウチの近くにも全部では無いにしろぇろ関係を多く取り扱っていて、店番が老人の本屋さんがありますがいつまで持つものか…
そしてゲルタさんのようなところに遭遇したら、それもいつでも怒っているようなオッサンを何度も見たりしようものなら口出ししてしまいそうな俺はコドモです。はい。
なんかメルヘンですね。そこだけ時間が止まっているって。
俺も口出ししてしまいそう、、、
この日記にリンクさせて頂いてる方から?で来ました
少し涙が出ました
優しいお祖母ちゃんを身内に持たないあたしですが
こんな素敵な人は大切にしなアカン、と思いました
その場に居合わせても、口には出来ない小心者だけど・・・
・・・しかし、エロ屋っていうストレートなネーミングが、今回の私のツボです!
切ない感じですね
おばあちゃん、ホント、大事にされてほしいですよね。
なんつーか、せめて、残りの人生だけでも。
や、みーこ様の悩みは悩みで、きっと、
ちっぽけなんて事はないですよ。
人の悩みとか苦しみに、大きいも小さいもないでしょうから!!
●堂木霞二様。
コメントありがとうございます!!
ほんと、ああいう本屋さんが潰れていくのは
なんだか悲しいですよね。
仕方のないことなんでしょうけど。
や、オレは口出しできそうもなかったです。
口出しできないほうが子供かもしれません。
●しまこー様。
ほんと、時間が止まってるって感じですよね。
よくも悪くも。
でも、そういう本屋とかがいつか無くなって
おばあちゃんみたいな人に会えなくなるのは悲しいことです。
●りぃ様。
はじめまして!!
コメントありがとうございます!!
優しいおばあちゃん、ホント、大切にしなきゃですよね。
いや、優しくなくとも大切にしなきゃなんですけど(笑
エロ屋のおばあちゃんが、残りの人生を
怒られたりしないで過ごせればいいと思います。
●びれいや様。
ありがとうございます!!
エロ屋のおばあちゃん、
まぁ、エロ屋ってシチュエーションがちょっとアレなんですが、
オレらは、あのおばあちゃんに会えて良かったと思ってます。
だから、余計に心配になってしまったりします。
てか、もうオレら、「エロ屋」ってしか思いつかなかったです(笑
●スイカ屋様。
や、サイコーだなんて!!
ありがとうございます、恐縮です!!
ほんと、切ない感じですわー。
センチメンタルっす。