ヨーがケーキを焼いた。
バレンタインに好きな男に渡す為。
 
 
 
 
 
 
 
ウチの店で働く女の子、ヨーが、恋をした。
23歳の本人曰く、「久しぶりにズキュンと来た」。
相手は、ウチの店が入ってるスーパーの、
同じフロアにある美容室の美容師さん。
ものすごいオシャレでカッコイイ男子。
男のオレから見ても、かなりカッコイイと思う。
こんな言い方は好きじゃないけれど、相当のイケメン。

ヨーは、そのイケメン美容師に恋をした。
あまり喋った事は無いけれど、ヨーは彼を好きになった。
もう、一目惚れみたいなもんだったらしい。
毎日、仕事中、その男子を見かけるだけでハッピーになれたと言う。
しかし、始めはそれでよかったのだけれど、
バレンタインデーが近づくにつれ、
それだけじゃ済まなくなってきたと、ヨーは言った。
 
 
 
「ベツに、バレンタインだからって焦ってるワケじゃないですよ?」
 
 
 
ヨーは言う。
 
 
 
「いいんじゃない?チョコでも渡して告白しちゃえば?
 せっかくの、そういうイベントの日なワケなんだし」
 
 
 
オレ、無責任に応援。
 
そしてヨーは、バレンタインに
その男子にプレゼントを渡すことに決めた。
 
 
 
「やっぱりさ、フツーに買ったモノと手作りだったら、
 貰う方は手作りの方が嬉しいのかな?」
 
 
 
悩むヨー。
 
 
 
「さぁ、ベツにどっちでもいいんじゃない?
 オレは、貰えるだけで嬉しい人だから。
 ちうか、オレには無いの?」
 
 
 
相変わらず無責任なオレ。
ちょっと催促。
 
 
 
「ゲルタさんに訊いたのがバカだったー。
 でもさ、やっぱり、手作りの方が気持ちが込もってる感じで
 印象が良いんじゃないかな?」
 
 
 
そしてヨーは、ケーキを焼いた。
 
 
 
 
 
 
 
ヨーは、料理をしない。
専門学校時代、仙台で一人暮らしをしていたのだけれど、
ほとんど料理はしなかったそうだ。
 
 
 
「なんか、あんまり上手にできないんだよねー。
 ソレに、ほら、安くて美味しいのとかいっぱいあるし
 作るのとか、なんだかメンドクサイじゃん」
 
 
 
ヨーは、少しガサツな感じの女の子。

そんなヨーが、無謀にもチーズケーキを焼いた。
材料を買い込んで、
買った事もないようなお菓子作りの本を買って、
バレンタインデー前日、ソレを見ながら奮闘したらしい。

そしてヨーは、バレンタイン当日、
自作のケーキを、キレイな箱に収めて職場に持ってきた。
 
 
 
 
 
 
 
しかしヨーは、当日になって急に不安がった。
 
 
 
「なんかさ、あの美容師さんカッコイイし、
 やっぱ、彼女いるのかなー?」

「え!?知らねぇの!?
 彼女いるかどうかとか、確認してねぇの!?」
 
 
 
オレは、ヨーの段取りの悪さに驚く。
 
 
 
「なんかさ、恐くてきけないじゃん・・・」
 
 
 
まぁ、確かにそんなもんだろうとは思う。
相手の事を想えば想うほど、真実が恐くなるものだ。

しかし、ケーキを渡す勇気があるなら、
彼女がいるかどうかなど、簡単に確認できるような気もする。
 
 
 
「ああ〜、なんか、彼女いるような気がしてきた・・・」
 
 
 
不安がるヨー。

だったら、オレが一肌脱いでやろう、という事で、
オレは、その美容師さんと同じ職場で働く同僚から、
その美容師さんに内緒で彼について情報収集をした。
 
 
 
 
 
 
 
結果はクロ。
その美容師さんには、5年近く付き合ってる彼女がいるらしい。
ヨーには可哀相だけれど、ソレが現実だ。
 
 
 
「あああ〜、やっぱり彼女いるんだ〜」
 
 
 
残念がるヨー。
落ち込んでしまった感じがビシビシ伝わってくる。
 
オレは言った。
 
 
 
「でもさ、せっかくケーキ焼いたんだし、渡せばいいじゃん?
 なんかさ、いかにも
“義理ですよ〜”って感じで渡しちまえばいいんだよ」
 
 
  
するとヨー、
 
 
 
「え〜、でもさ、バリバリ手作りだよ?
 こんな手作り渡して、“義理ですよ〜”っつったって、
 嘘っぽいんじゃない?
 ってゆーか、アタシが一方的に好きなだけで、
 義理があるほど親しくもないし」
 
 
 
まぁ、確かにそうだろうと思う。
 
 
 
「でもさ、折角作ったんだからさ。
 もう、アレだよ。
 ケーキ渡して、略奪しちまえばいいんだよ」
 
「え〜、でもなぁ〜」
 
「もう、とっちゃえとっちゃえ!!
 略奪だ略奪!!悪女になれ!!」

「あんなにカッコイイ男の彼女だよ?
 しかも、5年も付き合ってんだよ?
 略奪できるような相手じゃないんだよ、きっと」

「そんなん、やってみなきゃわかんねぇじゃんか!!」
 
 
 
オレとヨーが、延々とそんな会話を続けていると、
しばらくして、その美容師さんがこちらに向かって歩いてきた。

ウチの店は、従業員が出入りするドアに面しているので、
店の従業員が休憩の際などにウチの店の横を通る。
美容師さんも、休憩に入るのであろう、
こちらに向かって歩いてきた。
 
 
 
「おい、彼がこっちに来るぞ!!
 よし、オレが話し掛けて足止めするから、ヨー、ケーキ渡せよ!!」

「ええ〜、マジすか!?」

「おお、大丈夫!!
 オレが和やかな雰囲気を作ってやっから!!」
 
 
 
同じフロアにはそもそも、男性従業員が少ないので
同じ男同士、何回か喋ったことがある。
オレは、美容師さんに話し掛け、そして、しばらく話した。

しかし、ヨーは一向にケーキを渡さない。
 
 
 
「(何してんだよ?早く渡せ!!)」
 
 
 
それでもヨーは、こちらの事などは無関心、
といった表情で、仕事を続けていた。

オレは、しばらく美容師さんと話をしたけれど、
「ヨーはケーキを渡さないな」と感じて、美容師さんと別れた。
 
 
 
 
 
 
 
「何?やっぱケーキ渡すの、ビビッた?」
 
 
オレは訊いた。
すると、ヨー、
 
 
 
「いくら好きだとしてもね、
 ダメだと知っててプレゼント渡すなんて、
 やっぱ、アタシには無理。
 なんかさ、惨めな気持ちになっちゃうもん」
 
 
 
そんなモノか、と思う。
残念だけれど、ヨーがそう思うのならば仕方が無い。

しばらくオレとヨーの間には、重い空気が流れた。
 
と、突然、ヨーが言った。 
 
 
 
「そうだ!!
 ゲルタさん、このケーキ、食べない?」
 
 
 
ヨーはオレにケーキをくれると言う。
必要なくなったケーキを貰う。
オレは、なんだかとても微妙な感じだった。
 
 
 
「じゃぁさ、折角だからさ、仕事終ったら一緒に食おうよ」
 
 
 
オレが提案すると、
ヨーは笑って「食べよう食べよう」と言った。
 
 
 
「言っとくけどね、
 このケーキをあげるのは、バリバリに義理だからね?」

「判ってる!!
 このケーキが義理だってのは、痛いほど判ってるから!!
 もう、義理とか言うなっ!!」
 
 
 
そしてオレ達は、仕事終わりに、
スーパーの駐車場の灯りの下、
社員食堂からパクッてきた割り箸をもって座った。

そして、ヨーがキレイに仕上げたラッピングを開け、
ヨーのケーキが入った箱を開けた。
 
 
 
「何コレ?」
 
 
 
思わず口走るオレ。 
 
 
 
「何コレって酷くない!?
 ケーキじゃんケーキ!!
 ってか、ホントだ!!何コレ!?」
 
 
 
見れば、箱の中には、
ぺちゃんこにしぼんだケーキがあった。
 
 
 
「キャー、何コレ!?
 昨日はふっくらしてたのに!!
 なんでしぼんでんの!?」
 
 
 
爆笑するオレとヨー。
 
 
 
「ゲルタさん、早く食べなよ」
 
 
 
オレは、食うのが少し恐かったけれど、
そのしぼんだケーキを大きめに取り分けて食ってみた。
 
 
 
「(アレ?味がしないんだけど・・・)」
 
 
 
予想外の味に、
というか、予想外の味の無さに、戸惑うオレ。
 
 
 
「どう?」
 
 
 
「どう?」と訊かれて正直困るオレ。
失恋した女の子に、「マズイ」と言っていいものか。
 
 
 
「う〜ん、結構薄味だねぇ・・・」
  
「あ〜、そうかもしんない。
 試しに昨日、少し食べた時、アタシもそう思った」
 
 
 
そう言いながらヨーは、
贈る相手のなくなったケーキをパクついた。
 
 
 
「ん〜、マズイね、コレ・・・」
 
 
 
作った本人がマズイと言った。
 
 
 
「本人が認めたから、オレも安心して言うぞ!!
 コレ、すっげぇマズイ!!
 なんで、本を見ながら作ったのに
 マズイのが出来上がるんだよ!!あははははは!!」
 
 
 
オレが言うと、ヨーが笑いながら言った。
 
 
 
「こんなの、プレゼントしなくてよかったよね。
 プレゼントできなくてよかったよ」
 
 
 
そして、ヨーは続けた。
 
 
 
「でもさ、
 ちょっと誉められたいって気持ちもあったんだよ。
 アタシ、ケーキなんて調理実習以来だからさ。
 なんか、頑張ったな〜って感じだったから」
 
 
 
そうだろうと思う。
人の事を想いながら何かを作ったのならば、
ソコには、相手に誉められたいって気持ちがあるものだ。

 
 
「だからさ、ゲルタさん、
 ホワイトデーは倍返しでお願いね!!」
 
 
 
ヨーは言った。
 
 
  
「何?こんなの食わされてお返ししなきゃイケナイの!?
 てか、コレじゃ倍返しは無理だろ。図々しいよ」
 
 
 
ヨーは笑った。
 
 
 
「来年までに、上手にケーキを焼けるようになっとけって。
 そしたらさ、来年は倍返ししてやるよ」
 
 
 
オレが言うと、ヨー、
 
 
 
「でも、来年、ゲルタさんにあげるかわかんないし」
 
 
 
そんな事を言った。
 
 
 
「なんだよ、義理でもいいからちょうだいよ」
 
 
 
オレが言うと、
 
 
 
「わかった、バリバリ義理でね」
 
 
 
そしてまた、ヨーが笑った。
 
 
 
「うん、バリバリに義理で」
 
 
 
オレも笑った。

 
 
 
 
 
 
 

コメント

か〜ん
か〜ん
2006年2月17日13:37

なんか・・・いい話だ。
失礼ながら何処でオチが来るのかと期待していた自分がいました(笑)ごめんなさい

美香
2006年2月17日14:12

胸がキュゥ〜〜 ってカンジでした。

昔。雑誌か何かで見た…
バレンタイン・デー向けのお菓子作り特集記事に、
「前もって…1度、作ってみる」
「本番は同じモノを2つ作る」
というコトが書いてあったのを…日記を読みながら思い出しました。

ある意味… ヨー嬢は「強運の持ち主」なのでしょうね〜
(イケメン美容師氏に「微妙な印象」を植え付けずに済んだ♪
 …ってコトは?
 今後も「鑑賞用」としては…心置きなく堪能できますモンね!)
来年は…美味しい「義理ケーキ」が食べれますように☆  

2006年2月17日21:07

なんか分かる気が・・・w
ヨーさんみたいな経験あるもんなぁ。
イケメンは、やはりモテるから(^_^;)
「差し入れです」って言えば良かったのにw
結構、そういう差し入れってお店としては嬉しいモンなのに。

因みにケーキって焼きたてはふっくらしてても、焼き縮みすることがあるんで、焼いた後軽く落とすように叩く(だったけか?)といいらしいです。でも、ケーキって焼くの難しいのに、よく挑戦したと思います・・・ヨーさんは(;^。^A アセアセ・・

パステル
パステル
2006年2月18日0:25

初めましてパステルと申します。
以前から読ませてもらっていました。今回の話がショートムービーのように良い話だったので、コメントさせてもらいました。「いくら好きだとしてもね、ダメだと知っててプレゼント渡すなんて、やっぱ、アタシには無理。なんかさ、惨めな気持ちになっちゃうもん」というヨーさんの気持ちが分かります。
これからもちょくちょく拝見させてもらうので、ご了承ください。

ゲルタ
ゲルタ改
2006年2月18日10:53

●か〜ん様。

あはははは、オチって!!
や、たまにはこんな感じで(笑
 
 
 
●美香様。

そうですねー、
ヨー、悲しいでしょうけど、告白とかしなくて
よかったのかもしれませんね。
来年は、ヨーのケーキが誰かにちゃんと届くといいと思います。
 
 
 
●麗様。

ああ、そうですね。
差し入れって手がありましたねー。
ヨー、ケーキ焼くの頑張ったみたいですよ。
なんか普段見せない乙女チックな感じがみれて、
オレもちょっと嬉しかったです。
 
 
 
●パステル様。

はじめまして!!
ゲルタです!!
コメントありがとうございます!!
どうぞ、時々覗いてください!!
よろしくお願いします!!

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