「桜の下には、戦争で死んでしまった兵隊さんがいるんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日は、目の奥が痛くなるような快晴だった。
温度計が何度になっていたかは知らないが、熱い。
Tシャツ1枚でもいいくらいだ。

オレは昨日、GWに入ってから初めての休みを、
無駄に、家の中で過ごそうとしていた。
折角の休みだというのに、遊ぶ相手がいないのだ。
オレの友人たちは皆結婚しているから、
家族サービスというものに追われているのだろう。
だからオレは、部屋で悶々とする。
両親は、海の方にドライヴに行くと言う。
年老いても夫婦の仲がよろしいのは素晴らしいことだ。
 
 
「あんたもどこかに行ってきたら?」
 
 
まぁな。オレもそう思う。
でも、一人でどこかに行こうとしても、
どこに向かっていいのかわからないんだ。
 
 
「そういえばね、半田沼って所は、まだ桜が満開らしいよ」
 
 
母親が言うには、ウチから1時間ほど車で走ったところにある
半田沼という沼のまわりには、この時期、
5月だというのに桜が咲くのだそうだ。
この時期に桜が咲くのは確か北海道や青森県あたりだったと思うから、
ソレよりずっと南に位置する福島で、
この時期に桜が咲く場所は珍しい。
 
 
(桜もいいかもしれない)
 
 
オレは、季節はずれの桜を見に行く事に決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
沼にまでの途中、オレは、サンドウィッチ専門店に拠って、
美味しそうに見えたサンドウィッチを買った。
レタスが沢山はさんであるヤツ。
オレは野菜が食べられないから、いつも、
パンに挟まったレタスをとってからそのサンドウィッチを食べる。
そんなオレの食べ方を見て、友達は「無駄だね」と言うのだけれど、
オレからすれば、ほんのりと、
レタスの風味が染み込んだパンが美味いのだ。
レタスを作った農家の方には申し訳ないが、食えないモノは食えない。
“レタス風味”だけでも楽しんでるのだから無駄ではないはずだ。

サンドウィッチを買って、しばらく車を走らせると、目的地に着いた。

『半田沼自然公園』

大きな看板が目につく。
オレは、母親が“沼”だなんて言ってたから、
てっきりもの寂しげな沼かと思っていたのだが、ソコは、
きちんと整備された施設、といった感じだった。
何しろ、人が多い。
露店なんかも出ている。
「沼」と聞いて、
山奥に人知れずひっそりとある“沼”を想像していたオレにとって、
その人の多さと賑やかさは、少し拍子抜けであった。

警備員に誘導されて、
きちんと整備された駐車場に車を停める。
駐車場から沼までは遊歩道になっていて、
その遊歩道のまわりには、木々が鬱葱と生い茂っている。
その木々に囲まれた遊歩道を、沢山の人が行ったり来たりしていた。
オレは、想像していたよりも多い人の数に、
その遊歩道を下っていくことを躊躇したのだけれど、
せっかくここまで来たのだ、という思いで人の流れに乗った。
 
 
 
 
 
 
 
 
オレの5歩先には、
子供連れの幸せそうなファミリーが歩いている。
オレの5歩後ろにも、
子供連れの幸せそうなファミリーが歩いている。
その2つの幸せファミリーに挟まれて、
話し相手もいないオレは一人、ほてほてと遊歩道を下る。
そんな時オレは、決まって、やりきれない気持ちになる。
 
 
(いい歳こいて、何をしてるのだ、オレは)
 
 
そんな思いから、鬱々となる。
見れば、オレの前後にいる幸せファミリーのパパも、
オレとそう、たいして変らぬ歳に見える。
オレは、小さくなる。
やはり、駐車場で引き返すべきだったか、そう思う。
だいたいここは、一人でくる場所ではなかったのだ。
オレは、ますます小さくなる。

小さくなってしばらく歩いていると、
前方から、幸せそうなカップルがこちらに向かって歩いてきた。
手を繋いで満面の笑顔を浮かべ、幸せそうだ。
と、そのカップルの男と、目が合った。
オレは急に、敗北感を感じた。
カップルの男は、彼女の手を握ってる反対側の手に、
バスケットケースを持っている。
きっと、彼女とここで、ランチなどとしゃれ込んだのだろう。
ソレに対してオレは、サンドウィッチの入った袋を握っている。
もう片方の手は宙ぶらりんだ。
繋ぐべき手が、無い。
繋ぐべきぬくもりが、無い。
オレの心に満ちてくる圧倒的な敗北感。
ペナントレースが開幕したと同時に
10ゲームくらい離されてしまったような敗北感。

だがオレは、決して負けを認めたくなかった。
隣を歩く人がいなかろうが、繋ぐ手がなかろうが、
負けを認めたくなかった。
いや、人生という長いレースにおいてみれば、
現時点でオレは、そのカップルの男に10ゲーム離されている。
だがしかし、まだ負けではないのだ。
オレの心の中に、そのカップルに対しての対抗心が燃え上がる。
 
 
(オレはオマエに負けてなんかいねぇ)
 
 
しかし、観光地と化した場所を一人で歩くというのは
なんとも気恥ずかしいもので、オレは、カップルとすれ違う瞬間、
ちょっと歩幅を広げると前を歩く幸せファミリーに近づき、
あたかも、「そのファミリーの仲間だ」というようなフリをした。
ベツに幸せでもなんでもないのだが、とびきりの笑顔を作り、
そのファミリーの会話に参加してるフリをしたのだ。

擬態である。

カップルを、大海を悠々と泳ぐ大魚とすれば、
オレは、海底を這うちいさな生物。
擬態を用いて「一人じゃないですよー」とアピールし、
オレは、カップルという大魚が通り過ぎるのを待った。

ソレは、地を這う小さな生物が生きていくために得た、知恵なのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
しばらく擬態を用いて歩き、沢山のカップルの目を誤魔化し歩くと、
やがて、沼のほとりに着いた。
沼の周りには、母親の情報どおりに、桜が咲いていた。

オレは、擬態を解かない。

オレは、桜の木の下にビニールシートを敷いて
楽しそうに食事をしている幸せファミリーの傍まで行き、
その幸せファミリーの一員のような、
でも、もしかすると違うような、
そんな位置に腰を下ろすと、袋からサンドウィッチを取り出す。
そして、味のしないサンドウィッチを食べた。
恋人でも友人でも、誰かが隣にいれば、
きっとこのサンドウィッチの味も違っただろう、そう思う。
一人では、レタスの風味も感じられなかった。

サンドウィッチを食べ終えて、改めてあたりを見回すと、
満開の桜が見事である事に改めて気付た。
所々散り始めている木もあるのだけれど、
風に乗って花びらが舞う様は、それはそれで美しい。

確か、「桜の木の下には死体が埋まっている」と書いたのは、
渡辺淳一ではなかっただろうか。
桜の木の下には魂が眠っているからあんなに美しいのだ。
そんな事が書いてあった気がする。
オレは、ベツに渡辺淳一は好きではないのだけれど、
むしろ嫌いなのだけれど、ナゼか、それは覚えている。
それはきっと、死んだ婆ちゃんからも
似たような話を聞いた事があるからだ。
 
 
「桜の下には、戦争で死んでしまった兵隊さんがいるんだよ」
 
 
小さい頃に聞いたことがある。
小さい頃にはただただ不気味に思えたけれど、
この歳になると、
それが意味するところをほんの少し理解できたような気がする。
もちろん、桜の下に死体が埋まってるとは思わないけれど、
それが意味するところを少し、理解できた気がする。
桜のはかなさ。
命のはかなさ。
はかないからこそ美しいものがある。
風に舞う桜の花びらを見ていると、
ぼんやりだけど、そんなものが少し解った気がした。
解った気がしただけかもしれないけれど、
なにか、大きな発見をしたような気持ちになった。
そして、このはかなさに感じる美意識を、
外国人は理解してくれるのだろうか、なんて事を考えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
桜を見ていると、
急に、隣に座っている幸せファミリーの耳についた。
 
  
「このまえ、すごいカードが出たんだよー」
 
 
言っているのは、幸せファミリーのパパだった。
なんでも、そのファミリーのパパは、
ムシキングというゲームの話をしてるらしい。
いや、パパだけではなく、ファミリーでムシキングの話をしていた。

観光地にまでムシキング。
桜の木の下でムシキング。

ベツに、他人の家族のことなど関係ないし、
その家族が幸せならばソレでいいのだけれど、
ちょっと、バカバカしく思えた。

これでは、桜を咲かせてる兵隊さんも、
やってられん、という気持ちなんじゃないか。

本当に兵隊さんが埋まってるとは思わないけれど、
なんというか、桜の木の下まで来てゲームの話ていうのは、
ジツに無駄なことのような気がした。

なんだか、バカな家族に思えた。
 
 
 
 
 
 
 
  
だからオレは、
その幸せファミリーの一員だと思われたくなくて、
擬態をやめて幸せファミリーから離れた。
 
 
 
 
 
 
 
 

コメント

ベビーオイル
ベビーオイル
2006年5月6日12:43

ゲルタさんと一緒に桜を見に行った気分になりました。
きっと私も一人でぼーーっとそういう場所に行ってしまうなぁっと。そう思いました。

kaj
kaj
2006年5月6日16:26

西行法師の「願わくは花の下にて〜」ってのがありましたかねぇ...倖な人々の擬態ですか?なんだか、自分自身の日常の一コマみたいだなぁ...餓鬼の頃、クリスマスイブの夜に一人で油くさい夜の海に居降る雨を、頭空っぽにして見てたのを思い出します。

関西人
2006年5月6日19:30

私は桜を観に行く時は、必ず一人ですわ。
夜、ビールとポテチを持って行き、気に入った桜の下で一杯やります。桜は一人でしんみりと観るもんやと思うなぁ。
どんちゃん騒ぎされた日にゃ、兵隊さんらもやってられんわね。

ゲルタ
ゲルタ改
2006年5月7日9:35

●ベビーオイル様。

ありがとうございます!!
今回は、公園の感じとオレの気持ちをなるべくリアルっぽく
書きたいと思ってたので、そう仰っていただけると嬉しいです!!
ぼーっと桜を見る、一見、寂しいような感じですが
幸せなことですよね。
 
 
 
●kaj様。

西行法師、確か、
「願わくは花の下にて春死なむそのナントカのナントカナントカ」
ってヤツですよね。死ぬ前の頃の歌でしたっけ。
や、ナントカが全然思い出せないんですけど(笑
クリスマスイヴの夜の雨の海ですか。。。
なんか、切ないですよね。。。
 
 
 
●関西人様。

そうですねー。
夜に、一人で見る桜もいいですよね。
ソレを見ながら一杯、ってのも素敵ですよね。
花見の席で騒ぐのもよろしいけれど、
もっと、情緒を楽しめって話ですよね。

サクラ
サクラ
2006年5月7日9:49

ゲルタさんが1人で桜を見て色々感じる光景が頭に浮かんで
小説みたいだなと思いました。
ワタシも桜は1人で見たいし、
桜からこんな風に色々感じることができるゲルタさんは
やかましいファミリーより逆に10ゲーム離してると
思えるのはワタシだけでしょうか?
ところでほんと遅すぎますが、誕生日おめでとうございます☆

ゲルタ
ゲルタ改
2006年5月8日14:20

●サクラ様。

や、ありがとうございます。
ファミリーよりも、オレが10ゲーム離してる!!
イェー!!
ありがとうございますありがとうございます!!
もう、すっごい嬉しいです!!

お祝いのお言葉、ありがとうございます!!
遅いとか、全然そんなことないです!!
オレ、まだまだ誕生日期間中ですから!!

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