「パスパスパースッ!!」
グラウンドに響くその声を、オレは今もはっきりと覚えている。
ソレは、中学3年生の時の出来事。
その日の体育のサッカーの時間、オレ達クラスの男子は、
グラウンドで、熱くなってボールを追いかけていた。
あっちにボールが転がればそこに走り、
こっちにボールが飛んでいけばそこに殺到する。
オレたちのサッカーは所詮、
『キャプテン翼』を見て覚えたサッカーであるから、
オフサイドなんてルールは存在しない。
ボールが転がった場所にみんなで走っていき、
ボールを持ったヤツが、
相手ゴールがある方向に向かってとりあえずボールを蹴る。
戦術やシステムなどは何も無く、運がよければ点が入る。
オレ達のサッカーは、そんなレベルのサッカー。
そんな低レベルなサッカーを、
オレ達はものすごい熱の入れようでやっていた。
ならば、ナゼにそんなに男子たちは熱くなっているのか。
答えは簡単。
女子が見ているから、である。
サッカーをやる男子とはベツに
陸上かなんかをやらされていた女子が見守る中、
オレ達男子は女子の手前、少しでも目立とうと
ボールを追いかけて熱くなっていた。
例外なくオレも、
いや、女子にモテたいという意識が強かったオレは、
人一倍熱くなっていたかもしれない。
義務教育の期間、女子にモテる男の条件というのは、
基本的に学年ごとに変化するのだ。
小学生の時には「勉強ができる」という
カードを持った男子が女子にモテる。
それが、中学生になると「スポーツができる」と
「ちょっと不良っぽい」というカードが加わってくる。
ハナから「勉強ができる」というカードを所持していなかったオレ、
ぴらっぴらの薄いカードではあるが
「スポーツができる」と
「ちょっと不良っぽい」というカードは持っていて、
オレはそのサッカーの時間、
「スポーツができる」カードを切って勝負に出ていたのだ。
いや、オレだけでなく、
「勉強ができる」カードを所持してない男子全員が
そのカードを切って、女子の手前、勝負に出ていた。
だからオレ達のその日のサッカーは、
低いレベルではあったがかなり熱いモノだった。
誰しもが、不純な動機でボールを追いかけていたワケではあるが。
そして、そんな中、
運良くオレにボールが転がってきた。
オレは、ドリブルなんかを試みる。
女子の目は自然、ボールを持つものに惹かれるであろうから、
オレは、女子の目に一秒でも長く映っていたいとボールをキープする。
そして、そこそこ運動神経に自信のあったオレは、
デタラメなステップではあるが、
ボールをゴール前にまで運ぶことに成功した。
(へへへ、女子は見てるかな?)
ここでシュートを放ち、
ゴールを決めればオレは、ヒーローであった。
シュートを決められれば、女子の中でオレ銘柄の株も急上昇であろう。
一部上場だ。
買い注文が殺到して、
学校の帰り道なんかに告白されたかもしれない。
しかし、そんなオレの目の前に、敵が現れる。
何人かの敵がオレの侵攻を阻止しようと、
オレの前方を塞いだのだ。
女子の手前、敵も本気である。
そこでオレから鮮やかにボールを奪えば、女子の印象も良いだろう。
だから敵も必死になって、オレからボールを奪おうとする。
オレはオレで、ボールを奪われまいと必死だ。
そんな中、ちょっとカン高い、あの声が聞こえてきた。
「パスパスパースッ!!」
カツである。
カツとは、『キャプテン翼』が始まる前から
サッカーを続けていた男で、
オレたちとはレベルの違うサッカーをする男だった。
中学生になって、
サッカー部の無かったウチの学校にサッカー部を作り、
そして、中学3年の時にはそのサッカー部を
いきなり県大会にまで引っ張っていった男である。
カツは、サッカーが好きで好きでどうしようもない男で、
授業中も机の下にはボールを置いているし、
休み時間もボールを転がしている。
『キャプテン翼』の「ボールはともだち」を地でやっていて、
ボールを追いかけてる時は、
これ以上楽しいモノは無いという風に、満面の笑みを浮かべている。
「勉強ができる」カードも「ちょっと不良っぽい」カードも
持っていなかった男ではあるが、
彼の「スポーツができる」カードは分厚いカードで、
特にサッカーに関して彼は、オレたちの目には「天才」に映った。
そんなカツが、オレの後方からパスをせがむのである。
「ゲルタ、パスだパス!!」
(アホか!!誰がお前にパスなんか出すものか!!)
意地でもシュートを撃ちたいオレ。
しかしオレのまわりは、すっかり敵に囲まれてしまっていた。
「ゲルタ、後ろだ後ろ!!」
(イヤだね!!オレがシュートを決めるんだもんね!!)
しかし、そうは思ってもオレのまわりは敵だらけ。
八方塞になってしまったオレは、
「スポーツができる」の他に、もう1枚のカードを切る。
「ちょっと不良っぽい」カードである。
「触んなっ!!てめぇ触ったらブッ殺すぞ!!」
「後でどうなるか解ってんのかコラァッ!!」
サッカーなのに、腕力でボールをキープするオレ。
と、そんな中、オレの目に敵の隙が見えた。
オレとゴールまでの直線上に、ポッカリと穴があいたのである。
チャーンス!!
オレ、チャーンス!!
シュートを放ちゴールを決めればオレの株価は急上昇、
女子の間でオレは、噂のセクシーボーイになるのである。
オラァッ!!
シュート決めるぞオラァッ!!
(行っけぇ、オレシュート!!)
オレはステップを踏むと右足を後ろに大きく逸らし、
力を込めて、足を思いっきり振りぬいた。
シューーーーートッ!!
女子にモテたいんでーすっ!!
ポスッ
コロコロコロ・・・・・・
力なく転がるボール。
ガーン!!
し、しまった!!
ミスキックしてしまった!!
ガーン!!ガーン!!
と、そこに、である。
その、力なく転がったボールに向かって、
1人の男が笑いながら、物凄いスピードで走ってきた。
「ゲルター、ナイスパースッ!!」
カツである。
カツが持ち前の瞬発力を生かし、
あっという間にボールに詰め寄ったのである。
慌ててボールを奪おうとする敵のディフェンス陣。
しかし、一瞬だけカツの方が早い。
ボールまで辿り付いたカツは、
オレのパス(正確にはミスキックしたシュート)をトラップしないで
軽くチョンと蹴って頭よりも高く浮かし、そこで、一度ヘディング。
そして、敵の後ろにボールを運ぶと、
自らは敵の横を素早く抜けて、
ワンバウンドしたボールに向かって、思い切り足を振りぬいた。
シュッ
ゴールネットに突き刺さるボール。
それは、一瞬の出来事だった。
一瞬の出来事だったが、
オレたちには、ソレがスローモーションに見えた。
誰も声が出ない。
敵も味方も、キーパーもディフェンスも、
そして味方のオレでさえ、唖然とするのみ。
ただただ、カツの動きに“ポカン”としてしまった。
“ポカン”として、立ち尽くしてしまった。
そして、一瞬の静寂の後。
「うおおおおおおっ!!」
「キャァァァァァッ!!」
大歓声。
男子も女子も入り乱れての大歓声。
もう、授業なんてそっちのけである。
見てしまった!!
オレたちはすごいプレーを見てしまった!!
まるで『キャプテン翼』みてぇじゃねぇかっ!!
そんな中、
オレに向かって、カツは言った。
「サンキュー!!
すげぇいいパスを出してくれたからさ、
カッコつけてシュートが出来たよー」
(ホ、ホントはシュートだったんですけど・・・)
・・・・・・
その次の年、オレ達は中学校を卒業した。
卒業文集には「将来の夢」なんてものがあって、
オレを含めて多くの人間がソレに迷う中、
カツは、その「将来の夢」の欄に、
しっかりとした文字で「サッカー選手」と書く。
当時はJリーグなんてモノが無かった時代、
オレ達は、カツのその将来の夢を不思議に思った。
カツはその後、進学校に進みながらもサッカーを続け、
東北選抜だか東日本選抜だかに選ばれ、
スポーツが盛んでないその進学校のサッカー部を
初めての全国大会に導く。
高校卒業後はサッカーが強い大学に進み、
そして、大学卒業後は、
Jリーグの二部に参加したばかりの、お隣の県の球団に入団した。
その球団のホームページを見ると、
あの時すごいシュートを放ったカツは、
その球団ではディフェンダーとして登録されていた。
カツは、夢をかなえたのだ。
しかしその後カツは、残念だがその球団を退団してしまったようで、
今はどうしているのか、
どこかでサッカーを続けているのかすら、オレには判らない。
怪我なのか。
それとも単に、勝負に負けてしまったのか。
オレには全く判らない。
でも、きっと、カツは今でも
サッカーが大好きなのは変らないのであろうと思う。
きっと、
毎晩遅くまでTVに釘付けになってる事は間違いないだろうと思う。
世界の選手のプレーを、嬉々としてみているのだろうと思う。
そしてきっとその顔は、
あの時のサッカー大好き少年のままであるのだろうと思う。
コメント
僕も毎晩見てますが、これからはカツさんのことを(もちろん顔も知らないのですが)思い出してしまいそうです。
自分の夢を叶えられる大人ってカッコイイです。
ゲルタさんは小さい頃の夢叶えられましたか?
サッカー興味ないのに見ちゃいそうですよw
ありがとうございます!!
オレの昔の知人でベガルタに入ったヤツがいるんですけど、
今のワールドカップ、ヤツはどんな風に思ってるのかなぁなんて、
そんなことを思ったんですよー。
きっと、ベガルタ辞めた後も観てるんだろうなー、なんて。
ワールドカップって、なんだかいいですよね。
●マルクル様。
自分の夢を叶えられる人はカッコイイですよねー。
オレはまだ、夢を叶えられてません。
や、最近になって夢を持ち始めたんですけど(笑
サッカー、結構面白いですよー。
こんにちは。
やっぱ、洋服に困りますよねー。だからどうしても、
着るジャンルが偏ってしまったりするんですよね。
あ、オレは靴は25なので、そこそこ大丈夫なんですよー。
でもやっぱ、カッコイイスニーカーとか、27とかが多くて
困る時もありますわー。
オレも未だに大学生って言われたりしますよー。
なんか、嬉しいような悲しいような、ですよね(笑
カツはホントにすごい人で、ベガルタ仙台に入ったんですよ。
オレらがヘタだったから、余計にすごい上手に見えました。
まだどこかでサッカー続けてくれてるといいなー、
なんて思います。
ゲルタさんのこういう日記を読んでると、自分がその頃を思い出します。でも、こんなに鮮やかに記憶してるゲルタさん、ほんとにスゴイです。。。
オレ、昔の記憶ってすっごい覚えてるんですよー。
特に、小さかった頃とか。
でも、大人になるにつれ、
最近のことも覚えてられなくなってきてるんですよ。
なんかヤバイ感じです。
老後が見えてきてしまったような・・・