とっくに30を越えた男がこんなことを言えば「気持ち悪い」、
そう言われるかもしれないが、
オレは、未だにランドセルが捨てられない。
黒いランドセル。
小学校を卒業してから30をとっくに越えた今までの間、
一度たりとて背負う事はなかったのだけれど、
そして、これからもきっと背負うことはないのだろうけど、
それでも、未だに捨てられない。
なぜなら、
そのランドセルはばあちゃんが買ってくれたものだから。
そのランドセルを捨ててしまったら、
大事な“何か”までも一緒に捨ててしまう気がする。
そのランドセルを捨ててしまったら、
自分の中にある“何か”を失ってしまう気がする。
だから、今でも捨てずに大事にとってある。
気持ち悪いと言われようが、そんなことは構わない。
ばあちゃんのランドセルはオレにとって、大事な宝物だから。
ばあちゃんは、オレを可愛がってくれた。
と、同時に、それ以上に厳しくもあった。
「頑張って勉強して、立派な人になりなさい」
学校帰りにばあちゃん家に寄ったあと、オレは、
背中のランドセル越しにいつも、そう言われていた気がする。
ランドセルを背負っていた頃はオレも頑張っていて、
それなりに「いい子」で通っていた。
だけれどオレは、
そのランドセルを背負わない年齢になった頃から脱線してしまう。
と、同時に、ばあちゃん家にもあんまり寄り付かなくなってしまった。
正月にさえ、ばあちゃんの家に行かなくなってしまった。
そんなオレに、毎週、ばあちゃん家に顔を出していた母親は、
ばあちゃんの様子を事細かに伝えてきた。
「ばあちゃんはアンタの身体のこと、心配してるよ。
たまにはばあちゃんに顔を見せてあげなよ」
「数万人に1人」という確立で発症する
難病を患ってしまったオレのことを、
「どうしてあの子ばっかりそんな目にあうの」と
泣いてくれたのだそうだ。
それでも、悪いコトが面白くてチョーシにのっているオレは、
「大きなお世話だ」とばかりにそんな母親の言葉と、
ばあちゃんのオレに対する心配を無視し続けた。
数年間。
数年間の間、オレは、
ばあちゃんとほとんど顔を合わせなかった。
ばあちゃんに買ってもらったランドセルも箪笥の上に投げ出したまま。
その存在のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
で、次にばあちゃんときちんと顔を合わせたのは、病院。
オレが持病で入院していた隣の部屋に、ばあちゃんが入院してきた。
隣の部屋はナースステーションから直接出入りできる部屋、
つまり、生命に危機が迫ってる人が入る部屋だったのだけれど、
ばあちゃんが、その部屋に入院したと母親に聞いた。
「ばあちゃん、どうしちゃったんだろう?」
ばあちゃんとろくに顔も合わせてないオレは
現在のばあちゃんがどうなっているのかなども全く知らず、
のん気に考える。
そんなオレののん気さとは裏腹に、
ばあちゃんの身体は病魔に冒されて逼迫した状態だった。
ばあちゃんは、癌だった。
肝臓癌。
肥大してしまって、
通常の大きさの倍ほどの大きさになっていたらしい。
もはや手の施しようが無く、あとはいかに苦痛を和らげるか、
それだけが問題、の状態。
ばあちゃんと顔を会わせる前、
母親にソレを聞かされた時、初めは意味が解らなかった。
癌が恐ろしい病気なのは解る。
そして、ばあちゃんがその癌に冒されているのも解る。
でも、ばあちゃんがこれから死んでいくということが理解できない。
ばあちゃんがこれから死んでいくことに現実感が無い。
(癌?誰が?)
(ばあちゃんが)
(ばあちゃんが死ぬの?)
(ばあちゃんはもうすぐ死ぬ)
(でも、この間までばあちゃんは元気だった)
(この間っていつの話だ?)
そんなことばかりが頭の中をグルグル回る。
でも、実際に病院のベッドの上のばあちゃんと顔を会わせたとき、
すぐ目の前まで迫ったばあちゃんとの別れが、一瞬にして理解できた。
ちっちゃい。
「あれ?ばあちゃんてこんなに小さかったか?」
そんなことを考えてしまうほどに、
ばあちゃんは、とてもちいさくなっていた。
やせ細っていた。
オレが、ばあちゃんが死んでしまうことを受け入れたのは、
ばあちゃんが亡くなる7日前のことだった。
それから毎日オレは、
隣の部屋に入院しているばあちゃんを見舞った。
朝起きてから寝るまでの間、オレは、ばあちゃんの傍にいた。
本当はオレも入院患者なのだから
自分の病室にいなければならないのだけれど、
そこは看護婦さんも気を使ってくれて、
オレの食事もばあちゃんの部屋に運んでくれる。
オレが傍にいたところでべつに何もできないのは知っていたけれど、
オレは、ばあちゃんの傍にいた。
ばあちゃんは、一日の多くの時間を眠っていたけれど、
目が覚めている時はオレと話をした。
「身体の調子はどうだい?
具合は悪くないのかい?」
ばあちゃんは、オレの身体の心配ばかりする。
ばあちゃんがもうすぐ死んでしまうことを知っているオレは、
そんな、死を目前にしてる人に心配されてる自分を情けなく思った。
そして同時に、悔やんでも悔やみきれない想いが
身体の中心部に突き上げてきて、涙を堪えるのに必死になった。
ばあちゃんがもうすぐ死んでしまう。
自分は心配ばかりかけて、ばあちゃんに何もしてあげてない。
だから、ばあちゃんが死ぬまでのあと少しの間、
それを必死で埋めようとした。
でも、できることといえば傍にいて、
ばあちゃんが「だるい」と言う手と足をさすってあげることだけで、
オレは、ますます自分が情けなくなった。
ばあちゃんはきっと、
自分がもうすぐ死ぬことを知っていたのだと思う。
でも、気丈なのか頑固なのかは知らないけれど、
それを全く顔に出さなかった。
「アタシはね、ゲルタの結婚式を見るまでは死なないんだよ」
ばあちゃんは、そんなことを言う。
「アンタ、結婚する人はいるのかい?」
当時、付き合ってる彼女がいたオレは、
「いるよ」と答えると、ばあちゃんは嬉しそうに、
「どんな娘か会ってみたいねぇ」と言った。
オレはその言葉を聞いて
「自分がばあちゃんにしてあげれることはこれだ!!」と思った。
自分が結婚しようとしてる相手を見せてあげること、
それが、ばあちゃんにしてあげれる唯一のことだと感じた。
オレは彼女に連絡をとって、次の休み、
病院に来てくれるように頼んだ。
ばあちゃんに会ってほしい、と。
そして、ばあちゃんに伝えた。
「今度の日曜日、オレの結婚相手を見せてあげるよ」
オレが誇らしげにそう言うと、
ばあちゃんは「楽しみだねぇ」と言って、天井を見ていた。
気のせいかもしれないが、その目は少し、潤んでいた気がする。
そして次の日の朝、ばあちゃんは死んでしまった。
ばあちゃんが入院してから死ぬまでにオレと一緒にいた
たった7日間の間、ばあちゃんはよく、こんなことを言っていた。
「偉くなることだけが立派なことじゃなくて、
頑張ることが立派なことなんだよ。
アンタのお父さんも立派。
アンタのお母さんも立派。
この部屋を掃除にきてくれるおばさんも立派。
アタシの世話をしてくれる看護婦さんも立派。みんな立派」
ばあちゃんが死んでから、もう何年も経った今、
ばあちゃんの黒いランドセルを見ると、いつも、
ばあちゃんのそんな言葉を思い出す。
小学校の時はあんなに大きかったランドセルも
今ではとても小さく感じてしまうのだけれど、
それでも少し擦ってやればすぐに昔の黒々とした輝きを取り戻して、
それは、まるでばあちゃんの言葉のようだな、と思う。
だからオレは、いつまでもランドセルが捨てられない。
黒いランドセルは、ばあちゃんの言葉そのものだから。
そのランドセルには、小学生の時、
学校帰りに背中越しに言われた言葉が染み付いている。
病院で言ってた言葉がたくさん詰め込んである。
だから、捨てることなんて出来やしないのだ。
「身体の丈夫な人は汗を流して立派になるの。
身体の弱い人は頭を使って立派になるの。
みんな、そうやって頑張って、立派な人になるの」
オレは、今でも家庭を持ってないし立派でもないけれど、
それでも、去年のオレとは変ってるのだろうか。
一昨年のオレとは変ってるのだろうか。
その前のその前のずぅっとその前のオレよりは、
成長しているのだろうか。
そして、少しでも立派な人に近づけてるのだろうか。
あとどれくらいしたら、
ばあちゃんに「立派になった」と言われるのだろうか。
明日はばあちゃんの命日。
お墓の前でオレは、ばあちゃんになんて言われるのだろう。
コメント
なかなか捨てられないようで
でもスペース的に
どうしようもなくなることもあるので
こんなサービスがあることを
ふと思い出しました
ttp://www.rakuten.co.jp/inu/452844/442175/
思い出のキズの部分を再利用していたりとか、時間割やランドセルの中に残る小物や金具の再利用したりとかで、ミニランドセルにしてくれるのだそうです。
↓ミニランドセル製作の元祖の方
ttp://skip.gr.jp/index.htm
センチメンタルなゲルタさんとおばあさんの話が、なんか我が家とダブってしまいました。。
子供にとって、両親やじーさん、ばーさんがウザイ時期は誰にもあるもんね。
数年間の空白を、最後の7日間で埋め合わせできてホントによかったですね。
きっと天国で今も応援してくれてると思いますよ。
あたしは我が家の祖母をそんな風に思えない…
ゲルさんはランドセルと共に思い遣りや優しい気持ちを
お祖母さんからちゃんと受け取って育ったので
それも立派な事じゃないかなぁ。
ランドセルをしっかりと保管しているのを見てきっとゲルタさんのおばあさんも喜んでますよ。
まずは鼻啜りながら、ご挨拶まで。
おおお、情報ありがとうございます!!
こんなサービスがあるんですね、スゲー!!
そそ、スペースの問題があるんですよね。
でも、このサービスには結構驚きでした。
ほんとスゲーっす。
●寝待月様。
お教えくださってありがとうございます!!
ランドセルについたキズ、
昔は「あ〜あ」ってかんじでしたけど、
今となってはそのキズさえもいい思い出になるものですよね。
なんかイイですよね、こういうサービス。
ありがとうございます!!
●ポピー様。
ありがとうございます!!
そう仰っていただけると有り難いです。
ほんともう、無駄に空白の時間を作ってしまったこと、
今でも後悔してますわー。
やっぱり、じいちゃんもばあちゃんも両親も、
元気なうちに恩返しがしたいですよねー。
●りぃ様。
ありがとうございます。
なんかもう、そう仰っていただけるとすっごい嬉しいです。
や、もうオレ、全然優しくないですよー。
もう、ドSですから!!(笑
●仁義様。
ですよねー。
捨てられないですよね、ランドセル。
なんか、捨ててしまったらものすごいバチがあたりそうです(笑
いつまでも大事にしたいですよね。
仁義様も、大事にしてくださいねー。
●タリー様。
ありがとうございます!!
や、お恥ずかしいっす!!
●籐四郎様。
おおお、籐四郎様!!
ご挨拶をくださってありがとうございます!!
どうぞ、よろしくお願いします!!