タイミング。

　
　
　
　
　
　
地下1階から6階までエレベーターに乗って移動しようとした時、
同じ階からオッサンが乗ってきて、2人、
その密室の箱の中に入ったワケだが、
そのオッサン、エレベーターに乗った途端、屁をコキやがった。
　
　
　
「うわっ、くっさ！！」
　
　
　
オレは5階まで息を止めようと必死になっていたのだけれど、
そんな中、オッサンは2階でエレベーターを降りる。

すると、3階で若い女子3人組が入ってきた。

エレベーターの中にはオレと、
その女子3人組のみが存在するカタチとなり、女子たちは、
ついさっきまでそこに乗っていた屁コキ犯の存在などは知らない。
　
　
　
「臭いよね？」

「うん、臭いよね」

「ほんと、臭っ！！」
　
　
　　
疑いの目は自然、オレへと向けられることとなる。
　
いや、特に「屁をコイたでしょ？」と言われたワケではないのだが、
その空気。
疑いをもたれているという感覚が、
屁混じりの空気を伝わって、ヒシヒシと痛いほど伝わってくるのだ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
「いやいや、言っとくけど、オレじゃないですからね？」
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あ、そうですか・・・」
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
ダメだ、完全に信用されてねぇ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
屁をコイたのはオレではなくオッサンだったとはいえ、
オレは、自分が「なんてタイミングの悪い人間なのだろう」と嘆く。
　
そうだ。
オレはタイミングの悪い男なのだ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
コンビニのトイレに入ったら猛烈に臭くて、息を止めて用をたす。

そのトイレを早く出ようと急いで手を洗い、
そして、そのトイレのドアを開けたら、
そこには女子が、トイレの順番待ちをしていた。
　
オレが出た後、そのトイレに入る女子。

きっと女子は、その悪臭の犯人がオレだと思うことだろう。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
「いやいやいや、犯人はオレじゃないですからね？」
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
そうだ。
オレはタイミングが悪い男なのだ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
昔、初めて携帯を持った時、
セルラーの携帯を買ったらすぐ、セルラーはauに変った。
　
これからは携帯にもカメラが付いてなきゃダメな時代だと
携帯を、セルラーからJフォンに変えたらすぐ、
Jフォンはボーダフォンに買収された。

自分の携帯にいつまでも残るJフォンの文字がなんだか恥ずかしくて、
携帯を新しくしたらすぐ、
ボーダフォンはソフトバンクに買収された。
　
ちょっと前に携帯を新しくしたら、
その1週間後には新聞の折込チラシで、
自分が高い金を出して買った携帯にはこんな値段がついていた。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　　
“新規契約1円！！”
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
そうだ。
オレはタイミングの悪い男だのだ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
サッカーを観てれば決まって、
トイレに行ってる間に点が入ってる。
　
野球を見てれば決まって、
トイレに行ってる間に誰かがホームランを打つ。
　
逮捕の瞬間を見たいと思っていた立てこもり犯だって、
オレがウンコをしてる間にあっけなく身柄を確保されてしまった。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
そうだ。
オレはタイミングが悪い人間なのだ。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
3月中に、職場を辞めた女の子がいた。

その女の子は去り際に、
「お世話になったから」
そう言って、オレにデパートの商品券をくれたのだけれど、
そのデパートは、オレがほとんど足を運ばないデパート。
嬉しいのは嬉しいのだけれど、たいして興味もわかず、
オレは、その商品券を、
「自分が持つよりは」と袋ごと母親にあげてしまった。
　
　
　
そして、時間は経って、昨日。
　
　
　
その商品券を使おうとした母親が
商品券の入った袋を開けてみたところ、
そこには一緒に、小さな手紙が入っていた。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
“　よかったら電話ください。
　
　　090−××××−××××　”
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
「・・・・・・」

「アンタ、誘われてたんじゃない？」

「うん、誘われてたのかも・・・」

「電話したほうがいいんじゃない？」

「でも、もう、2ヶ月以上経ってんだけど！！」

「いいから、してみな。
　相手は誘ってくれたんだから、一応返事するのが礼儀でしょう」

「まぁ、そうなんだけど・・・」

「女の子から誘われるなんて、あんまり無いんでしょう」

「まぁ、そうなんだけど・・・」
　
「その子だって、もしかすると、
　今でも待ってくれてるかもしれないじゃない？」

「うん、そうだな・・・」
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
電話してみた。
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
「オカケニナッタ電話番号ハ現在使ワレテオリマセン」
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
・・・・・・
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
そうだ。
オレはいつだって、タイミングが悪い男なのだ。