雀。
日曜日の午後、オヤジが雀を発見した。
“発見”というのは、その雀が憐れな姿をしていたから。
雀のソレを「足首」と呼んでいいのかわからないけれど、
足首に、細いビニールの紐の一端がきつく絡まっていて、
その紐のもう一方の端は、ウチの庭にある松の木の枝に絡まっている。
一口に言えば、雀、逆さ吊り状態。
バンジージャンプの後、みたいな。
風に揺られてブランブラン。
雀が弱っていることは、一目見てあきらかだった。
さっそく、オヤジと雀を救出。
雀の足首に絡まった紐は固く絡まっていて、
オレとオヤジはなかなか困ったものだけれど、なんとか、ソレを外す。
雀は晴れて自由の身となったワケで、オレとオヤジは、
今すぐにでも飛び立つのだろうと思っていたのだが、
実際はそうでもなく、雀は、
オヤジの手のひらの上で死んだようにじぃっとして動かなかった。
時折、プルプルとその小さな身体を震わせることだけが、
まだ、その小さな命の火は消えていないことをうかがわせていた。
「かなり弱ってるな」
オヤジは、
「これ、どうしよう」といった感じで困ってる様子だった。
「空に向かって放ってあげれば、そのまま飛んでいくんじゃない?」
雀の救出劇を横で見ていた母親が言う。
ソレを聞いてオヤジは、それならばとばかりに、
「飛んでけっ!!」
そう言って、雀を空に向かって放り投げた。
ポトン。
オヤジによって空に向かって放り投げられた雀は、
オヤジの前方に、力なくポトリと落ちた。
あまりにも弱っていて、
もはや、飛ぶチカラも残ってない、といった様子。
オヤジは、その雀を優しく両手で包むように拾い上げると、
もう一度、雀を空に向かって放り投げた。
「飛んでけっ!!」
ポトン。
それでも雀はその翼を羽ばたかすことなく、
ただただ地面に落ちるのみだった。
オヤジは、もう一度雀を拾い上げた。
そして、言った。
「高さが低いから。
屋根の上から投げれば、落ちてく間に飛ぶんじゃないか?」
やめろっ!!
死んでしまうわっ!!
そんな高さから地面に落ちたら、雀、息を引取ってしまうわっ!!
結局雀は、飛んでいくまでウチで面倒をみることになった。
面倒をみるって言っても、別段何もすることはない。
ただ、弱りきった状態でそこらに投げ出されておくよりは・・・
そういった感じで、ウチでその身柄を保護することになった。
小さな、背の低いダンボール箱の底に、
雑草やら木の枝やらなんやらを敷き詰める。
そしてそこに、雀を置いた。
そのダンボールは、元々は姉の部屋で、
今は、オレの集めたオモチャなんかがわっさと保管されている部屋に
置くこととなった。
雀は相変わらず時々身体を震わせるだけ。
時々首を、あたりを見回すようにキョロキョロさせるが、
それ以外はまったく動かなかった。
“ガトー少佐”。
雀の名前は、“ガトー少佐”になった。
「少佐?なんか意味があるの?」
ベツに意味はない。
ただ、オレが好きなガンダムのキャラクターの名前をつけただけ。
ソロモンの悪夢。
少佐が入ったダンボールに、オレがマジックで、
アニメ中のアナベル・ガトーの愛機のナンバー、
「GP−02」と書く。
母親はソレを、「ワケのワカラナイことを」といった感じで見ていた。
だが、オレがせっかくガトー少佐と名付けたところで、
オヤジと母親にとってはただの雀であって、
オヤジと母親は、オレがいくら
「少佐と呼べっ!!」
そう言ったところで、少佐をただの雀呼ばわりするのだった。
ガトー少佐は、相変わらず弱っている。
ダンボールの中に入れられた後も、時折首を動かす以外は、
殆ど動くこともなかった。
そんな少佐を見て母親は、
「カワイイのにねぇ。
なんでこんなことになるのかねぇ」と言う。
オレもそう思った。
少佐は、というより雀は、
いつもならばその存在をたいして意識することなどないのだけれど、
改めて見ると小さくてカワイイ。
そんなカワイイ命が、
一本のビニール紐のせいで、今、消えようとしている。
「エサをあげなくちゃかねぇ」
母親は、少佐をひとさし指の腹で撫でながら言う。
少佐はソレに、逃げようともせず、抵抗しようともせず、
ただ、母親に撫でられるがままになっていた。
その姿がまた、カワイイ。
しかし、カワイければカワイイほど、
なんだか哀れにも思えるのだった。
「でも、雀のエサって何をあげればいいんだろうね?」
ふと、母親の素朴な疑問。
確かに、あんまり雀のエサなどは考えたことがなかった。
「虫じゃないのか?」
オヤジがそう答えると、家族の間に妙な空気が流れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
と、ぼそっと母親が口を開いた。
「虫を食べると思うと、あんまりカワイクなくなるね」
オレも、もっともだ、と思った。
結局少佐にはごはん粒の残りと水が与えられた。
小皿の上にそれらを並べ、少佐の口元に置く。
しかし少佐は、なかなかそれらに口をつける様子はなかった。
そして、その夜はなんの変化もなく過ぎた。
次の日、朝一番で少佐を見に行くと、
少佐は、エサの乗った皿の上に、自ら乗っていた。
乗っていたと言ってもそこに2本の足で立っていたワケではなく、
自ら、その皿の上に横たわっていた。
どうやってそこまで移動したのだかわからないのだけれど、
少佐は、確かに皿の上に横たわっていた。
なもんで少佐、ごはんまみれ。
その姿を見て母親は、母親は言った。
「なんだか、自分がエサって感じだよね」
その言葉に、ふと、
オレの頭に、昔見たことがある雀の丸焼きの姿が思い浮かんだ。
小さな頃、雀の姿そのままの丸焼きを食う親戚のオジサンを見て、
「なんて残酷な人なんだ!!」
そう思ったことが、オレの頭に思い浮かんだ。
少佐が皿に乗ってしまったことで、
皿の上のエサはぐちゃぐちゃになり、
少佐が、そのエサを口にしたかどうか、確認できなくなった。
なのでまた、皿の上にごはん粒と水を皿に乗せ、
少佐の横に置いておいた。
そして、少佐がいつでも外に飛んでいけるように、
部屋の窓を開けておいたのだけれど、
その日一日、少佐はそこから出ていこうとしなかった。
そして次の朝。
早い話が今朝の話だ。
少佐の姿が、そこには、なくなっていた。
もしかすると部屋のどこかにいるのかもしれないと思い、
部屋じゅうを探したのだけれど、やっぱり少佐の姿は無かった。
「飛んでった?」
母親が言う。
オレは、「だろうね」と答える。
エサを乗せた皿の上には、
少し、量が減ったと思えるごはん粒が残されていた。
「ああ〜、飛んでったんだね〜、良かった良かった」
母親は、その出来事に、口ではそう言ったのだけれど、
しかし、「嬉しいような、でもなんか寂しいような」、
そんな表情をした。
一方のオヤジは、少佐が飛んでいったことを知ると、こう言った。
「フツーはこの後、恩返しにくるもんだよな」
ソレを聞いてオレは、思いっきり呆れかえった。
(フツーってなんだ!!
雀にフツーを当て嵌めるなっ!!)
そして、ウチのオヤジは、
昔話によく出てくる正直者のジイサンと欲張り者のジイサン、
とっちか言えば完璧に後者なのだろうと思った。
これが、ここ数日の間に我が家におこった出来事である。
コメント
大人しく触れさせて休むだなんて・・・。
ゲルタさん家はとてもあたたかく
居心地がよかったのでしょうね^^
何より少佐、無事に帰還されたようでよかったです。
雀、昔にも似たようなことあったんですよー。
ウチの前の家の屋根が雀の巣になってるものですから、
ウチの庭に、雀がよく落ちてて(笑
少佐、無事に帰っていったのでよかったです。
ホント。
あとは恩返しが・・・(笑