入院中、研修としてオレを担当することになったとして、
主治医が、1人の医学生をオレに紹介した。
マキちゃん。
小柄な女子学生である。
 
 
 
「今日から担当させていただくことになりました!!
 ご迷惑をかけることもあるかと思いますが、
 よろしくお願いします!!」
 
 
 
“元気な女子”、というのがオレが彼女に持った印象。

しかし、オレが「あ、どーも」とぶっきらぼうに返事をすると、
その返事の印象がよくなかったのか、
彼女が作った笑顔は、どこか引き攣っていたようであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
挨拶が終ってしばらくすると、彼女は、
「失礼しま〜す」とオレのところに1人でやってきた。
オレに好印象を持っていないのかやはり緊張しているようで、
その挨拶もどこか、おっかなびっくり、といった感じ。
オレが最初に持った“元気な女子”といった感じも完全になりを潜め、
声も少し、小さい感じになっていた。

彼女は、片方の腕に電動の血圧計を抱えていた。
 
 
 
「あの、もしよろしければ、
 血圧を計らせていただいてもいいですか?
 あの、もし、お時間があればで結構なんですけど・・・」
 
 
 
なんせこっちは入院中の身。
時間などはほぼ無限にある。
「ああ、構わないですよ」とオレが言うと、
彼女は、「じゃ、失礼します」と、
やはり少し“おそるおそる”といった感じで
血圧計の腕に巻く例のアレ、
空気が入ると膨らむ例のアレ(名前わからん)を
オレの腕に巻きつけた。
そして彼女は「失礼します」と言ったっきり無言のまま、
電動の血圧計のスタートボタンを押す。

ウィ〜ンと機械がうなり、
腕に巻いた例のアレが膨らんでオレの腕を締め付けた。

しばらくすると、測定値がデジタルの数字になって
血圧計の画面に表れる。
しかし、彼女は、その結果を見てしきりに
「あれ?あれ?」と呟いていた。
オレが「何?どうかしたんですか?」と訊くと、
「あ、いや・・・」と彼女の返事は煮え切らない。
オレは少しイラッとして
「血圧いくつ?」
そう訊くと、彼女は、酷く狼狽した感じで、言った。
 
 
 
「30なんですけど・・・」
 
 
 
血圧30。

オレは少し面食らった。
そんな血圧の測定値であったら、オレ、
そこにそうしていることがオカシイことになる。
 
 
 
「え?30ってソレ、上?下?」

「上です」
 
 
 
ソレを訊いて、オレの口からは反射的に、言葉が出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「え?もしかしてオレ、瀕死!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ソレを聞いて彼女は、ブーッと噴出し、
そして、「アハハハ」と大声で笑った。
 
 
 
「瀕死って!!アハハハハ!!」
 
 
 
その声にオレは、「おっ」と思う。
ちょっと緊張がほぐれたのではないだろうか。
 
 
 
「あの、ワタシが聞くのもなんですけど、瀕死じゃないですよね?」

「うん、オレ、多分瀕死じゃないと思う・・・」
 
 
 
ちなみに、下の数値も訊いてみた。
 
 
 
「下も30ですね・・・」
 
 
 
上が30、下も30。
血圧測定値、30の30、である。
オシャレ30・30である。

早い話が器械の故障。

オレは一応「何ソレ!?」と大袈裟に驚いてみせて、さらに、続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「オシャレ30.30みたいだよね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
すると彼女は、また、「アハハハハ!!」と大声で笑った。
そして、「あ、大きい声出してすみません!!」と言い、
続けて、
 
「ワタシ、違う血圧計持ってきます!!」

そう言って元気に部屋を出ていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しばらくすると、彼女は、
電動ではない、手動でスコスコやる血圧計を持ってきた。
手元のポンプをスコスコやると、
腕に巻いた例のアレが膨らむ手動式の血圧計である。
 
 
 
「違うの持ってきました!!」
 
 
 
次にオレのところにやってきた彼女は、
初めと違って“元気な女子”という感じに戻っていた。
彼女は早速、腕に巻く例のアレをオレの腕に巻いて、
血圧測定に取り掛かる。
手元のラグビーボールのようなポンプを、スコスコ始める。
 
 
 
スコスコスコスコ―
 
 
 
「きつくないですか?」と彼女はオレに訊くのだが、
まだスコスコ始めたばかり、きついはずもない。
オレは、「ダイジョブです」と答えると、
彼女は、その間を埋めるがごとく、
スコスコやりながらオレに向かって次々と話始めた。
初めの時とは人が変ったように話し始めた。
 
 
 
「入院って、退屈じゃないですか?」
 
 
 
スコスコスコスコ―
 
 
 
「研修って言っても、血圧計ることと、
 患者さんのお話を聞かせてもらうことくらいしかできないんですよ」 
 
 
スコスコスコスコ―
 
 
 
「ワタシ、埼玉出身なんです」
 
 
 
スコスコスコスコ―
 
 
 
「ワタシ正直、この血圧計苦手なんですよねー」
 
 
 
スコスコスコスコ―
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコ―
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
 
 
 
根が話し好きなのだろう、
彼女は、尚もスコスコやりながら話続ける。

オレは、その彼女の話にうなずいたり返事をしたりしながら、
心の中で、思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(あのぅ・・・スコスコやりすぎじゃないですか?)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
痛い。

痛いのだ、腕が。

彼女が話しをしながらスコスコやりすぎている為に、
腕に巻く例のアレがギュウギュウにオレの腕を締め付けて、
ハンパなく痛いのだ。

しかし彼女は、もう、話に夢中になっていて
スコスコの存在などは忘れかけている。いや、忘れている。

口が動くのと同時にスコスコを握る手も動き、
そして、厄介な事に、彼女の脳はきっと、
2つを同時に、そして、
まったく結びつけることなく指令を出しているのだ。
 
 
 
スコスコスコスコ―
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコ―
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
スコスコスコスコー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(痛い!!痛いよ!!
 つーか、腕が腐るわ!!腕が壊死してしまうわっ!!)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
しかし彼女は、休むことなくスコスコスコ。

すると彼女は、スコスコやりながら、言った。
 
 
 
「ワタシ、患者さんを担当させていただくの、
 ゲルタさんが初めてなんですよー」
 
 
 
オレは、半分くらい
「痛ぇなコノヤロウ!!」という気持ちになっていたのだけれど、
そんなこと言われちゃとても言えず、

「やー、そうなんですか」

と返事をすると、
 
 
 
(とりあえず、
 彼女がスコスコの存在を思い出すまで痛いのを我慢しよう)
 
 
 
そう、心の中で決めた。
 
 
 
今でも、右腕にくっきりと残った
腕に巻く例のアレのカタチについたアザを見ると思い出す、
入院中の出来事である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
ちなみにマキちゃんは、その後毎日、血圧を計りに来た。

彼女もだんだん血圧計の扱いに慣れてきたようで、
スコスコもやりすぎることもなくなった。

血圧を計るのはほんの1分くらいの時間で終るのだけれど、
それから30分くらい、毎日のように喋る。

病気の話からどーでもいい話まで。
マキちゃんの学校の話からオレのアホな話まで。

いや、喋るだけではなくて、
オレがガンプラ(Zガンダム ver2.0)を作るのを、
手伝ってくれたりした。

もはや、血圧を測定してもらうというのは
体のいい口実、といった感じで、
オレはいつの間にかソレが、
何も無い入院生活の楽しみになっていた。

時には、オレが新撰組が好きだと言うと、
休日に本屋に行って、
「お見舞いです」と新撰組に関する小説をたくさん買って
持ってきてくれたりした。
持っている小説ばかりだったけど、
オレはなんともソレがうれしくて、「ありがとう」と受け取った。
 
 
 
 
 
しかし、2週間もすると、マキちゃんは、
  
「来週から、次の研修先に行かなきゃならないんです」
 
そう言った。

もう、来週からは血圧を計りにこれなくなるという。
 
オレが今までのお礼を述べると、
彼女は、オレの気のせいでなければ少し涙ぐんでいたようで、
最後に、こう言ってくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
「医者になりたいと思って学生になって、一番最初に
 担当させてもらった患者さんが、ゲルタさんで、よかったです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そう言われてオレは、
自分が少し、涙ぐんでることに気付いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コメント

redeye-yan
レッドアイ
2007年8月8日14:29

ちわー。
入院って言うとツラいこともたくさんあると思いますけど、
そうしてええ出会いや交流とかもあったりするんですねーー。和みますねーーーー。

そしてそして、その研修医さんとはその後なにか
ご発展などはあったりなかったりするのかなーと
気になるところです(←余計なお世話の上にこっち
が本音)。

シマリス
2007年8月8日14:38

ゲルタさんは、そんじょそこらの嘘くさい作家よりも胸を打つ文章が書ける方ですね

私が出版社なら本をだしませんか?って絶対に頼むと思います

miyuboe
miyuboe
2007年8月8日15:41

おぉ!私も新撰組だぁ〜〜〜〜い好きです。
司馬さんの竜馬が行くを読んで、維新が大好きになり、その後『燃えよ剣』を読んで以来は土方さんが好きで、去年は最期の地である五稜郭の近くに行ってきました。私の影響で息子も娘も新撰組は大好きなんですよ。あのころは維新側も新撰組も国を憂うことを命がけだったんですよね。。。
今は平和なんかな〜〜
マキちゃんにはほんまに一生忘れられない人になるんでしょうね。。マキちゃんはついていたと思います!!

アミ
アミ
2007年8月8日15:45

患者冥利(?)につきますね!!
退院おめでとうございます。

ショコラ
ショコラ
2007年8月8日20:10

学生にとって実習ってホントに嫌なものですけど、患者さんとの関わりは楽しかったのを覚えてます。いいお医者さんになってくれたらいいですね☆★

なこ
なこ
2007年8月8日21:57

遅ればせながら、退院おめでとうございます!

私も全身麻酔、寝る気が全くしなかったんですよ。
「全身麻酔なのに、手術中のお医者さんたちの会話を覚えてる」患者さんというのは実際いるらしいので、きっと私もそうだろう!と(←根拠無き絶大なる自信;)

私は(あ、次の一呼吸で寝てしまうわ・・・)と察して、なんとかギリギリで看護士さんを笑わす一言を発して、瞬殺・・・でしたが;

社会人として初めて勤める職場(会社)での出来事っていうのは、後々いろんな意味で大きく影響を与えることが大きいと思うのですが、
ピヨピヨドクター・マキちゃんが最初に勤めたのがゲルタさんの入院した病院で、そして初めての患者さんがゲルタさんだった、というのは、マキちゃんのその後の医者としての人生に、きっと大きな影響を与えるでしょうね。

心にともした灯りは、消えないですものね。

(^^)

ゲルタ
ゲルタ改
2007年8月9日8:45

●レッドアイ様。

そうですねー、
入院するといろんな出会いとかがありますよねー。
嬉しい出会いだったり、そうでない出会いだったり、
いろんなことがありますわー。

やややや、発展ですか!?
やー、特に発展はなかったですよー。
彼女は大学のオーケストラに所属してるんですが、
一度、ソレの夏公演とかいうのにに誘われて、
行ってきたくらいでした。
 
 
 
●シマリス様。

いやいやいや、そんな!!
オレの文章など、もう、稚拙すぎてダメですよー。
高確率で下品な話ですし(笑

でも、そう仰っていただけるともう、とっても嬉しいです!!
ありがとうございます!!
 
 
 
●miyuboe様。

おおお、miyuboe様も新撰組がお好きですか!!
しかも、五稜郭にまで!!
いいですよね〜、カッコイイですよね〜。
オレも『燃えよ剣』、大好きです!!
オレは、会津にある近藤勇と斎藤一のお墓に行ってきましたよー。
 
 
 
●アミ様。

ありがとうございます!!
あははは、患者冥利!!
 
 
 
●ショコラ様。

やっぱ研修ってイヤですよねー。
面倒そうですし、緊張するでしょうし。
でも、やっぱ、根底に人が好きって思いがあるから
そういう職業に進まれるんですかねー。
ほんと、医療の仕事に携わってらっしゃる方って、
モノスゴイと思います!!
入院するたびに尊敬、です。
 
 
 
●なこ様。

ありがとうございます!!

うあははははは!!根拠無き絶大なる自信!!
オレもありました、根拠無き絶大なる自信。
しかし、やっぱり完敗・・・みたいな。
それにしても、手術のお医者さんの会話を覚えてるって、
ちょっと恐いですよね。

マキちゃん、ほんとステキなお医者さんになってくれれば、
と思います。
オレのこと、ずっと覚えててくれたら嬉しいですね。

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