路ノ上ノ出来事。

　
　
　
　
　
　
アオられたのだ。
　
国道をヒタヒタと車で走っていると、
ピッタリと、
そしてウネウネと、アオられたのだ。

オレをアオるヤツはランエボ。
稀代のモンスターカー。

きっと走り屋の人なのだろう。
黄色いランエボが、オレのミニをアオる。
　
　
　
　
　
　
（なんだよもー。ウザッってぇよもー）

バックミラーで後ろを確認しながらイライラするオレ。

確かに、オレの車は遅い。
オレの車はスピードが出ない。
それでもオレは、法定速度で走っているのだ。
スピード制限の60?で走っているのだ。
ソレを「遅い」というのなら、文句は国に言ってくれ。　
しかもソコは、片側2車線の国道。
オレを「遅い」と思うなら、車線を変えて追い抜いていけばいい。

しかしランエボは、オレを抜かさない。
相変わらずオレの後ろにピッタリくっついて、
ときどきオレに「ほら、早く走ってみろ」とばかりに
後ろでウネウネと蛇行を繰り返す。

だいたい、そんなに早く走りたいのであれば、
サーキットにでも行けばいいのだ。
幸いにも地元には、サーキットがある。
そこでカッとばせばいいだろう。

オレは、「もう、とっとと追い抜いてくれ」と、
車を路肩に寄らせながら、走らせる。
しかしランエボは追い抜かない。
追い抜かないどころかアオってくる。　
オレが抜かせようとスピードを落とせば、
ヤツもスピードを落としてまでくっついてくるのだ。
ときどきあの、純正ではないマフラーの野太い音で
「ブォブォブォン」とせっつくのだ。　
　
　
　
（オレの何が気に入らなくて、そんなにアオるんだ？）
　
　
　
オレとしては理不尽極まりない出来事だ。
そして、理解不能。
なんせ、ただ走ってただけで、意味もなくアオられるのだから。
　
　
　
（これはもう、車を停めてやり過ごすしかないかな）
　
　
　
メンドクサイから。
とっととやり過ごそう。

オレは、ブレーキを踏む。
パネルのスピードメーターがゆっくり下がっていく。
40?、30?、20?。
　
　
　
と、その時。
オレの車が焼きいも屋くらいのスピードまで落ちた時。
　
　
　
ヤツが動いた。
さっきまで後ろにいたランエボが、バックミラーから消えた。

と、次の瞬間オレの車の横に、
オレの車と同じく石焼きいも屋くらいのスピードで、
オレの横にピッタリとくっついていたのだ。
　
　
　
その時オレは、ランエボのドライバーの顔を初めて確認した。
太った男だった。
　
　
　
その太った男は、ランエボの中で薄ら笑いを浮かべ、
こちらを見下したような視線で見つめる。
オレと太った男の視線が交差。
そんな状態が1秒、2秒、3秒―
　
　
　
と、
「ブロロロロォッ」
ランエボはスピードを上げてカッとんでいってしまった。

その時オレは初めて理解する。
　
　
　
　
　
　
「ヤロウ、オレで遊んでやがった！！」
　
　
　
　
　
　
ヤツは、遊んでいたのだ。
オレで、遊んでいた。
自分のモンスターマシンの力を小出し小出しにして
その実力を楽しんでいた。
きっと多くのランエボオーナーがランエボという
素晴らしい車の実力を、正しく使ってるのに、
コイツは、その素晴らしい車をバカなカタチで使っていた。
ライオンが狩りをするかのごとく、弱いものを追いかけていた。

いや、違うな。
ライオンは生きるためだ。
コイツはきっと、誰でもよかった。
たまたま生意気そうなミニが走っていたからソレに目をつけ、
オレを、チクチクとやりやがっていたのだ。
　
　
　
　
　
　
「うおおおっ！！絶対ブッ殺す！！」
　
　
　
　
　
　
おらぁっ！！
カッとべ、オレのミニクーパー！！
　
　
　
アクセル、ベタ踏み。
　
　
　
しかし、相手は現代のモンスター。
オレのクーパーもかつて、
ラリー世界選手権を三連覇し、
「モンスター」と言われたエンジンを積んではいるが、
なんせ、ソレも40年ほども前の話。
現代のモンスターと40年前のモンスターでは格が違う。
　
　
　
　
　
　
と、その時だった。

前方にある国道沿いのコンビニに、
黄色いランエボが入るのが見えた。
間違いない、あのランエボだ。
　
　
　
（チャ〜ンス）
　
　
　
残念だったな、ランエボよ。
ツイてなかったな、ランエボのヤロウよ。

オマエが残念だったことは2つある。

まず1つ目はコンビニに入ったのをオレに見られたこと。
そして2つ目は、その相手がオレだったこと。
　
　
　
　
　
　
へっへっへ、オレは性格悪いぜ？
　
　
　
　
　
　
ヘイ、ユー！！
キサマのさっきまでの行動は、オレの中ではすでに、
「オレに喧嘩を売った」ことになっている！！
オレは「喧嘩を売られた」と理解している！！
そしたらこのオレ34歳児、
売られた喧嘩は高値で買取させていただきます！！
　　
キサマ、自分は弱い者を追いまわす
絶対強者のつもりだったかもしれないが、
そしたらオレは、菌だ。ウィルスだ。
あっけないほどの弱さだが、時に憑き殺す！！
　　
テメェ、今からやっつけちゃうぞ？
準備はできてるか？
　
　
　
　
　
　
コンビニにの駐車場に入る。
ランエボの横に停め、ランエボを運転してたあの太った男を待つ。

男はなかなか出てこなかった。
　
　
　
「ウンコか？バカヤロー」
　
　
　
時間を持て余したオレは、きっとあの男の自慢の車であろう
この黄色いランエボにイタズラしてやろうと考える。

どうしてやろう。
10円玉でひっかきキズでもつけてやるか、
それとも、ボンネットをボコボコにしてやるか。
そうだ、車の中に油性のマジックがあった。
それで落書きしてやろう。マッキー極太。
　
　
　
　
　
　
しばらくすると、男が出てきた。
　
　
　
「よ〜ぅ、オレとこの車、覚えてるよな？」
　
　
　
オメーがさっきまでしつこく追いまわしてた車だ。
覚えてないとは言わせない。
　
　
　
「オレはオメーにさっきまでアオられてた人間で、
　なぜ、オレが今ここにいるかといえば、
　それは、オメーをブッとばしにきたからです」
　
　
　
テメー、何ちょっかい出してんだコノヤロー。
人をアオりやがって、危ねーだろうが。
オレは恐い思いをしたから、
これからオメーにも恐い思いをさせてやる。
オラ、ヤんぞ、オラ。
　
　
　
すると男は、「いや、ベツにアオッてねーけど・・・」とか
そんなんをモゴモゴ言っている。

ああ？何言ってんだよ、聞こえねーよ。
モゴモゴしやがって、テメーは恋する乙女か？

すると男は、小声で謝り出した。
　
　
　
　
　
　
「すみません」
　
　
　
　
　
　
それがなんだかムカッ腹たった。
謝ってきたのがムカついた。
　
　
　
　
　
　
テメー、すぐに謝るくらいならちょっかい出してくんじゃねぇよ！！
喧嘩する根性ねーなら始めっからちょっかい出してくんじゃねぇよ！！
　
　
　
　
　
　　
「とっとと帰れ！！
　ここから出て行け！！」
　
　
　
　
　
　　
まぁ、オレの店じゃないんだけど。
　
　
　
　
　
　
男は、ランエボに乗り込むと、静かに車を発進させる。

コンビニから国道に出ようとするランエボ。
車の後部、ブレーキランプが赤く光った。
　　
そして、ブレーキランプが光ると、
さっき、オレがそこに書いた落書きの文字が
くっきりと浮かび上がった。
　
それを見てオレは思った。

ああ、こいつがブレーキを踏むたび
このオレの落書きが浮かび上がるのだな。

そう思いながらオレは、だんだん離れて行く
ブレーキランプに書かれた『SEX』の文字を見送った。