昔、オレが高卒で就職した会社の同期に、
アンザイくんというヤツがいた。
いつもヌボーとした感じで非常におとなしく、
口数も少ないからそんなに親しくははなかったのだけれど、
彼は、とても面白い男だった。
マワリのヤツにはワリと嫌われていたのだけれど、
オレはそんなにキライではなかった。
面白い男だったから。
彼の何がそんなに面白いかといえば、
アンザイくんは、人とは何かがちょっと違っていた。
例えば、アンザイくんはよく会社を休んだ。
よく有給も使っていたし、
有給が無くなれば、欠勤をして休んでいた。
と言ってもベツに、体調が悪かったというワケではなく。
ある日、休む理由を訊いたオレにアンザイくんは、
真面目な顔で欠勤までして休む理由を、こう答えたのだ。
「岩手に河童を探しに行くんだよ」
か、河童すか・・・
河童といえば、岩手である。
河童といえば、岩手県は遠野市である。
柳田國男が編纂した説話集『遠野物語』にもあるように、
河童といえば、岩手県は遠野である。
アンザイくんは、会社を休んでわざわざ遠野まで、
河童を探しに行くというのだ。
夢を見ているような目をして、河童を見つけに行くというのだ。
そんなこと聞いたら小さな子供でも笑ってしまいそうなことを、
真面目な顔をして言うのだ。
だから、アンザイくんは嫌われた。
そんなこと言って会社を休んで、
そんなことやってるから、みんなに嫌われた。
でも、オレはそんなアンザイくんを少し、羨ましいと思った。
その行動力。
その純粋さ。
もちろん、
欠勤までして会社を休んでみんなに迷惑をかけるのは良くないけど
アンザイくんが持っているソレらを、オレは羨ましいと思った。
いつも夢を見ているような目をしていて、
そんな心を持っているアンザイくんを羨ましいと思った。
だからオレは、アンザイくんをそんなにキライではなかった。
でも、さすがに、オレとペアでめちゃくちゃ忙しい仕事をした時に、
「明日、河童を探しにいくから休みます」
そう言われた時は
「オマエなんか、河童に尻こ玉を抜かれてしまえっ!!」
そう言って激怒したけど。
それでもオレは、そんなにアンザイくんをキライではなかった。
その後、
アンザイくんはやっぱりというかなんというか、
会社をクビになって、それからというもの、
オレはアンザイくんと一度も会っていなかったのだが。
だが。
世の中というものは広いようで、案外狭いもんである。
今、オレが勤めている会社に出入りする業者、
ウチの会社で使う端末機の修理業者として、
ふと、アンザイくんがオレの前に現われたのだ。
前の担当者が辞めただかなんだかで、
偶然にもアンザイくんが新しい担当として
ウチの会社に現われたのだ。
「あれ?もしかして、アンザイくんじゃない?」
オレがそう言うと、彼はオレの顔をしばらく見つめて、
「あ、ゲルタくんかー、ビックリしたー」
と、全然ビックリ感がない返事をする。
アンザイくんは、相変わらずヌボーとしていた。
でも少しだけ垢抜けた感じもする。
あれから15年も経ったのだから、
彼にもそれくらいの変化があってもいいだろう。
オレとアンザイくんは、
互いにそれぞれ仕事中なワケだけれど、少しだけ話をした。
「あの会社を辞めたあと、青果市場で働いてねー。
そのあと、葬儀屋になってねー。
あと、スーパーの店員もやってねー。
バイトもしたしねー。
今の会社に入ったのは、ホントに最近だよ」
アンザイくんは、職を転々としたと話す。
ソレを聞いてオレは、
「原因は、河童?」
そう訊こうかと思ったのだけれど、やめておく。
「じゃ、仕事に入らせていただきますね」
アンザイくんはそう言うと仕事に取り掛かった。
外見は相変わらずヌボーとしていたけれど、
案外、仕事の手際はテキパキとしていて、
オレと一緒に仕事をしていた頃には想像できないような感じ。
端末をタタタッと操作して画面を出し、
マニュアル片手にチャキチャキとプログラムを入力する。
そんなアンザイくんの背中に、
オレは不意に訊いてみた。
「まだ、岩手に行ってんの?」
するとアンザイくんは肩で笑って、こう答えた。
「いや。
もうそんなにバカじゃないから。
今になって思うと、恥ずかしいことだよ」
ソレを聞いてオレは、少し淋しくなった。
そして、夢を見つづけることと夢を忘れること、
どっちがバカなことなんだろうと思った。
コメント
大人になるって難しいですね・・
大人って何をもって言うんですかねー?
鬱病になって感じた事は、
何かに夢中になれるって当たり前のようでて
とても幸せな事なんだということです
オレは夢を見ている、と、自分では思っていましたけど、
改めて考えてみると自分は、
「夢を見ているつもりでいる」だけのように思ってしまいます。
昔は本気で夢を実現させようとしていましたし、
ソレも必ずできるはずと信じていましたが、
今ではそんな自信も揺らいでいて、
「仕事が忙しいから」とかそんな言い訳ばかりしていて、
それじゃ夢は叶わないと理解しているのですけど、
でも、どうしようもないままに流されてる自分がいます。
叶えたいと思うのも夢ですし、
叶わないから夢とも言いますし、
なかなか難しいですよね。
ただ、できることならば、叶おうが叶うまいが
いつまでもそういう夢を持っていたということは忘れずに
いたいものだと思います。
●シマリス様。
いろいろ考えてしまいますよねー。
自分は昔、どんな夢を持っていたのだろう。
自分は今、どんな夢を持っているのだろう。
ふと気付くと、
「自分は、いくつのことを諦めてきたのかな」なんて、
そんなことを考えてしまったりします。
でも、それでも、今の自分があったりして、
それはソレでシアワセだったりしますから、
人生ってのはなんか、不思議です。
●マルクル様。
難しいですよねー。
ほんと、何をもって大人と言うんでしょうねー。
年齢で一応の区切りはありますけど、
そんなのただの数字的なモノでしかありませんし。
今まで生きてきた中で、ただ気がつかないだけで、
何か変った時があったのでしょうかねー。
精神的にっつっても、
そんなのじゃ区切ることはできませんよねー。
●りぃ様。
何かに夢中になれること、
ホントにシアワセなことですよね!!
まわりから見ればどんなにくだらないことでも、
夢中になることはすばらしいですし、
なんか、スゲーって思います。
何かに夢中になれるということがスゲーって。
今でも、何かに夢中になってるオジサンがいますけど、
そういう方たちの笑顔って、ホントにステキですもんね。
ほんと、りぃ様の仰るとおり、
夢中になれることは当たり前のようでいて
とても幸せなことだと思いますよー。