キヨさんが亡くなって今年で10年。
 
山の上のお寺にあるお墓に命日にお墓参りに行くと毎年、
満開のサクラに包まれるようにしてキヨさんのお墓は立っている。

下には街並みが見え、
上には満開のサクラ。

こんなこと言っちゃぁなんだけど、そこから見る景色は、絶景。
 
 
 
「キヨさんはいい場所にお墓を立ててもらったね」
 
 
 
母親は、自分のお母さんのことをキヨさんと呼んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
キヨさんは肝臓ガンだった。

倒れた時はすでに手遅れで、
キヨさんの肝臓は普通の大きさの2倍にも腫れあがってしまっていて、
医者にも「あと一週間持てば・・・」ということを、
親族であるオレたちは言われていた。

ちょうどその頃オレは、
偶然にもキヨさんが運び込まれた病院に入院していたから
キヨさんが亡くなるまでの一週間、
キヨさんの隣にずーっとくっついていたのだけれど、
キヨさんは一度も「痛い」とか「苦しい」とか言わず、
それどころか、点滴を変えにきてくれた看護婦さんに対しても、
いちいちベッドの上に身体を起こして、
「ありがとうございます」
そう言うもんだから、オレは看護婦さんに、
「ゲルタくんのおばあちゃんはすごい方だねぇ」とよく言われた。
オレも実際、スゲェと思ったし、
そんなキヨさんの孫であることを、誇りにさえ思った。

オレは、毎日毎日朝から晩までキヨさんと過ごした。
朝、「オハヨー」ってキヨさんの病室に入っていって、
夜、「おやすみー」と言って自分の病室に戻る。

入院中はヒマだから、オレは、
ヨーヨーなんかをグリングリンに回して遊んでいたのだけれど、
それを見せるとキヨさんは、「あんたはスゴイねぇ」と言って喜んだ。

キヨさんは、病院のベッドの上で、
「ゲルタが結婚するまでは、アタシは死なないよ」と言っていた。
本気でそう言っていたのか、
それとも、自分の死期を悟った上で、強がって言ってみせたのか。
今となっちゃ、どっちかはわからないけど。

「ゲルタのお嫁さんが見たいねぇ」

そのころオレには付き合って4年になる彼女がいたから、
オレは、「じゃ、今度、結婚する人連れてくるよ」そう言って、
彼女にも、キヨさんに会ってもらうようにお願いをした。
そしてキヨさんが入院して6日目に、
「明日、オレのお嫁さんを連れてくるよ!!」
そう言うと、キヨさんは、

「キレイなんだろうねぇ」

そう言って喜んでいた。
 
 
  
でも、次の朝、キヨさんの目は開かなかった。
 
 
 
朝から医者や看護婦さんが走り回り、
親族がどんどん集まってきて、
やがて、昏睡状態に陥ったキヨさんの口から
人工呼吸の太い管が抜かれた。

お医者の先生は、
「身体は動かないけれど、耳は聞こえているんです」と言うから、
親族のみんなはそれぞれ、キヨさんに話し掛けていた。
オレの母親は、自分の母親であるキヨさんの手を握って、
「ありがとう、ありがとう」
ひたすらそう繰り返していた。
オレは、もしかするとキヨさんの目が再び開くかもと思って、
キヨさんの耳元で冗談を言ったけど、
キヨさんの目はずっと、開かないままだった。 
 
 
 
そして、キヨさんは、死んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
あれから10年。

キヨさんのお墓は今年も、
街を見下ろすようにしながらサクラに包まれている。

ふと気付くと、キヨさんのお墓の横に一輪のタンポポが咲いていた。

どこからか風にのってふわりやってきた種が花を咲かせたのだろうか。

「オレが、このタンポポどうする?」と母親に訊くと、
母親は、「そのままにしておきな」と言った。

オレも、「そうだな」と思う。
 
 
 
キヨさんのお墓の横にちょこんと咲いたタンポポは、
やがて枯れるだろう。
 
 
 
でも風は種を運んでくれて、その子供たちを残す。
その子供たちはまた種を飛ばして、子供たちを残す。
キヨさんから生まれた母親と、母親から生まれたオレのように。
 
 
 
やがてキヨさんのお墓は、タンポポでいっぱいになるのだ。
 
 
 
そんなことを想像したらなんだか晴れやかな気持ちになって、
耳元でキヨさんが

「大丈夫、風が運んでくれるよ」

そう言ってくれている気がして、
母親とオレは、
 
 
 
「キヨさん、また来ますね」
 
 
 
ニコニコとそう言って、キヨさんのお墓を後にした。
 
 
 
ある、晴れた春の日の話だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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