7月31日。
またひとつ、お気に入りの店が消えた。
その店は老夫婦が営むパン屋だったのだけれど、
「7月31日をもって閉店させていただきます」
店の入り口の横に貼られた張り紙の予告どおりに、
店は消えることになった。
近頃ウチの街は開発が進み、道路が整備され、
ソレに伴って大きな駐車場をもつパン店や
中途半端にオシャレなオープンテラスを出して
中途半端にオシャレ感を漂わせている店が相次いで出店したから、
そのあおりをマトモに喰らったカタチだ。
人の脚は新しいほう新しいほうへと流れていき、
中途半端な店の中途半端なテラスでは、この中途半端な梅雨空の下で
これまた見ためも中途半端な地元のOLたちが食事をしていて、
オレは、ソレを苦々しく思っていた。
だいたい、店に並んでいるパンだって中途半端なのだ。
一度だけ、偵察とばかりに脚を運んでみたのだけれど、
店の棚に並んでいるパンはどれも
「ナントカカントカ・ド・ショコラ」とか、
「ナントカ・デ・カントカ」とか、
みんな「ド」とか「デ」とか「オ」とか付きやがって、
ソレがいったい何なのかまるで見当がつかない。
その点、老夫婦が営むパン屋は違った。
「チョコパン」
「コロッケパン」
「ヤキソバパン」
実に潔い。
わかりやすくて実に気持ちが良い。
いや、実際、
「そこは“ヤキソバ”じゃなくて“焼きそば”にしようよ」
なんて思ったりもしたが、しかし、
「ヤキソバパン」
そう言いきられてしまうと、
「ごもっとも!!」
「もう、ヤキソバっス!!ヤキソバでイイっス!!」
そう思えたもんだ。
しかし、その老夫婦が営むパン屋は
その「デ」とか「ド」とかの中途半端な店に押されるカタチで、
いや、もしかすると、店を営んでいる夫婦が高齢だからなのかもしれないが、
パンと同様、潔く店をたたむことになった。
老夫婦が営むパン屋は、
オレが生まれたころにはもう、この街に存在していたらしく、
オレの母親が若い頃にはずいぶんと通ったらしい。
母親曰く、「昔は、パン屋さんなんて無かったからね」
そして現在では、息子のオレが通っていた。
老夫婦と長々と世間話もするし、
帰り際には余ったパンの耳を袋いっぱいに貰えたりする。
もはや常連だ。
しかし、常連だったのだが、ポイントはたまらない。
その店は500円ごとに1ポイント、
パンのカタチにインクが残るスタンプカードがあったのだけれど、
1つ100円とか90円とかのパンで1回の買い物で500円をこえるには
パンを5個も6個も買う必要があったから、
いつも1人で店に通っていたオレのカードはスカスカだった。
今日、閉店の日、オレは閉店の時間に店に行って、
棚に残っていたパンを全部買った。
美味しさはぐんと落ちてしまうだろうが、冷凍にしてでも食うつもりだった。
レジでお金を払うと、いつものクセだったのか、
おばあちゃんがしわしわの手にパンのカタチのスタンプを手に持って、
そして、一瞬、バツの悪そうな顔をしてから、「ごめんごめん」と言った。
でもオレは「いいよ、押してよ」と、
カードにパンのカタチのスタンプを押してもらった。
オレのスカスカなカードに、パンのカタチのインクが2個だけ、並んだ。
店を出ると、老夫婦がそろって、
最後の客であるオレを見送りに店の外まで出てきてくれた。
と、同時に、おじいちゃんが店のシャッターを下ろす準備を始める。
このシャッターが下りたら、もう二度と上がることはないのかもしれない。
オレが、そんなことを思いながらシャッターとおじいちゃんを見ていたら、
おじいちゃんはその手を止めて、
「お兄ちゃんが見てたらシャッター閉められないよ」と言った。
続けておばあちゃんが、
「お客さんの前ではねぇ」と言った。
オレは道路の路肩にハザードランプを点滅させて停めておいた車に乗りこんだ。
そして、車の中から店のほうを振り返ってみると、
老夫婦が揃って、オレのほうに頭を下げているのが見えて、
オレはなんだか、悲しくなった。
そして、車をゆっくりと走りださせると、
後ろのほうから店のシャッターが閉まる大きな音が小さく聞こえてきて、
オレはなんだか、泣きたくなった。
コメント
辛いお別れですね。
最近、淘汰されるべきものが間違っている気がします…
今はないその店へ訪れてパンを買いたくなりました。
多くの『オシャレっぽい』店は、作り手と売り手が違うからか
商品への愛情、店そのものへの愛情、お客さんへの愛情みたいなものが
感じられないことも多いですものね。
そういう店だけが、思い出の中で生き生きと営業するんでしょう。
でもきっとパン屋のおじいちゃんとおばあちゃんは
最後のお客がゲル兄さんで嬉しかったと思います。
がんばって生き残っていきたいです。
一度、食べてみたかったなぁ。
その町にしかないパン屋さんの姿は日々消えていきますね
パン屋さんに限らず個人商店が生き残っていくには
厳しい状況なのでしょうが、やはりさびしいです
私も、コロッケパンとかチョコパンとか、
そしてここ数年はやりだしたメロンジュースとかの入ってない
素朴なメロンパンをうってる店が大好きであります(少なくなったけど)
そのスタンプカード大切にしてください。
悲しいですわー。
仕方ないことといえば仕方ないことなのかもしれないのですが、
自分が残したいと思っていてもまわりの大多数からみれば、ソレは、
さほど気にすることでもないという。
その現実にブチ当たった時、自分の力ではどうしようもないことに
どうしようもない怒りやら悲しさがこみ上げてきてしまいます。
●るん様。
オシャレっぽい店でもきっと、作り手さんは一生懸命に、
お客に喜んでもらえる商品を作ってらっしゃるのだと思うのですが、
でも、そのオシャレっぽさが逆に、あらゆる人の気持ちとか、
そういうものを希薄にしてしまっている感じはありますよね。
店も商品もオシャレなのもいいことですが、
心とか、店と客の繋がりとか、そういうものが感じられるお店が
やっぱり、いちばんと思えたりします。
●ワタル様。
悲しいですー。
この社会の中では仕方のないことなのかもですけど、
街の人が街を守ることや、そこで生活しているということを
すぐに忘れてしまう環境がどんどん出来ていって、
ソレを良しとする環境が出来ていくのも悲しい気持ちになります。
●マルクル様。
最後の客がオレで良かったと思ってくれていたら、
オレも嬉しいですわー。
そしてオレも、最後だけにとらわれず、あのお店と、パンと、
おじいちゃんおばあちゃんに繋がることができたことを
喜びたいと思います。
●めぐさん様。
世の中はどんどん進歩していきますし、
その時々でお店や商品や人のあるべき姿も変わっていきますけど、
やっぱり、心というか人の繋がりというか、
そういうものは不変だと思ったりして、
ソレを大事にしてくれるお店というのはきっと、
お客に愛され続けるお店なのだと思います。
めぐさん様、頑張ってくださいっ!!
●アミ様。
そそ、そうです。
前にも書いたことあるパン屋さんです。
その近辺の土地が大きく変わりまして、
オレの好きなお店も無くなってしまいました。
パン、とっても美味しかったですよ。
みんなに食べてほしかったなぁ。
●朋尉 あたか様。
そうですねー。
個人商店が生き残っていくには大変な世の中ですよね、今は。
どんなお店でも、大変な世の中なのだと思いますわー。
そそ、メロンパン!!
最近のメロンパンってみんな、やたらメロンジュースだの入ってますよね。
それはソレで美味しいですけど、
ふと、昔ながらのメロンパンが食べたくなりますよね。
●JUN様。
多分て(笑
サンドイッチ屋さん、残ってほしいですねー。
ベツにテレビで取り上げられるようなお店にならなくていいから、
そういうお店はずーっとあり続けていてほしいです。
スタンプカードはずーっと財布に入れてますよー。