「どこかそこらに昼飯食いに行こーぜ」
遊びに来ていた友人に言われてパッと頭に浮かんだのは、地元にあるレストラン。
幹線道路より少し奥まったところにあって、
最近のオレは見向きも訪れもしなかったし、
その存在すらすっかり忘れていた地元にあるレストラン。
確か、オレが小学校に入ったか入らないか頃に大々的にオープンしたのだが、
その後も営業は続いていたらしい。
小学校の頃は、そのレストランに入る時はいつも、家族がみんな一緒だった。
「なんでも好きなの頼みな」
父も母もそう言っていたが、そこでオレはオムライスしか食べたことがない。
どういうワケか知らないが、そこでオレはオムライスしか食べたことがない。
オムライスの皿の横には必ずオモチャが乗った皿がついていた。
今思えばちゃっちいオモチャばかりだけれど、
当時のオレはそのちゃっちいオモチャでもじゅうぶんに嬉しかった。
しかしやがて、姉が中学生になってグレ始めると、
家族みんなでそのレストランに行くことは無くなった。
次にオレがそのレストランを訪れたのは、中学3年生の時だ。
今度は家族みんなで、ではなくて、テーブルの反対側には好きなヒトがいた。
当時の彼女で、
っつってもベツに、おっぱいを直で触ったとか、
パンツの中に手を突っ込んだとかそういうのは無く。
ただ、毎日一緒に帰ったり、
毎日のように長電話したり、ソレだけだったのではあるけれど、
当時のとそのヒトは“付き合って”いた。
いや、そのつもりだけだったのかもしれない。
でも、好きだった。
その店でオレと彼女はオムライスを食べた。
「何が美味しいんだろう」と悩む彼女にオレは、
昔、両親がオレに言ったように「好きなの頼んでいいよ」と言う。
でも、彼女はオレと同じオムライスだった。
きっと、「お金はオレが出す」と言い張るオレに気をつかったのだと思う。
オレは明らかに背伸びをしていた。
好きなヒトに対して男らしさを見せようとしていた。
大人っぽさを見せようとしていた。
確か、800円くらいだったと思う。
オレと彼女のぶんで、1600円。
今思えば“1600円くらい”かもしれないけれど、坊主頭の中学生に1600円は痛い。
でも、目の前の好きなヒトが、
オレが美味しいと思うオムライスを「すごく美味しい」と言ってくれた時は
とても幸せだった。
1600円くらい、好きなヒトが喜んでくれるなら安いモノだと思えた。
そしてオレは、その1600円を出せばずっとそのままでいれると思った。
ずっと幸せが続くと思っていた。
でもその後、その店に2、3回来てオムライスを2人で食べたあとはもう、
オレがその店を訪れることはなかった。
ソレ以来だった。
店内の構造は、昔と少し変わっていた気がする。
昔はもっと店内は暗かった気がしたが、
今の店内は明るくてライトがメニューにチラチラと反射して痛い。
でも、その店に間違い無かった。
雰囲気は変わっていても、オレの想い出のレストラン。
ただ、目の前にいるのは好きなヒトではなく38歳のオッサンだけれど、
久しぶりに訪れた懐かしい店で、
オレは懐かしいメニューを注文しようとしていた。
「この店は何が美味いの?」
目の前の38歳がライトが反射してチカチカするメニューに目を落としながら言う。
オレは迷いなく、値段が高くなっていたオムライスを挙げた。
そして少しばかり、オレの想い出を添えた。
目の前の38歳は「なるほど」と言い、
「想い出のメニューなワケだな」と言う。
「確かに写真、美味そうだもんな。オレもそうしよっかな」
オレも「そうしろ」と言う。
なんせ、アレからだいぶ時間が経っているから、昔に食べた味を
想い出と一緒に美化してしまってるかもしれないとも思ったけれど、
というか、すでに味自体の記憶は当然無く、
ただ、オレにあるのは「美味しかった」という記憶だけだから、
正直、友人に勧めるには根拠が弱いのだけれど、
オレは目の前の友人に、ソレを勧めた。
「さすがにもう、オモチャはついてこねぇと思うけど」
(昔はこんなボタンなんて無かった。すみませーんって店員さんを呼んでたよな)
そう思いながらボタンを押すと、
すぐにウェイトレスさんがテーブルの横に立った。
「ご注文はお決まりですか?」
ウェイトレスさんが言う。
オレはすぐに「オムライス」と言った。
あの懐かしい味がどんな味だったかは忘れたけれど、
また懐かしい味が食べれる気がしてすぐに答えた。
オレが注文をすると、
目の前の友人は光がチカチカ反射するメニューに目を落としたまま
「あー、オレは・・・あー」と唸り、そして、僅かに経ってから、こう言った。
「角切りビーフステーキ&エビフライのセット。
ライス大盛りで。あ、あとクリームソーダ」
人の想い出なんかまったくスルー。
しかもメニューがバカっぽい。
まぁ、人の想い出なんかは他人にとってはどうでもいいモノかもしれないし、
想い出なんてのは自分の胸にしまっておけばいいだけのモノかもしれない。
やがて、オレの目の前にオムライス、
友人の前にはなんだかゴテゴテてんこ盛りな料理が運ばれてきた。
オレは、オムライスを食べる。
美味しかった。
なんとなく、
昔見ていたオムライスはもっととびきりの“ごちそう”といった気がしていて、
オッサンになった今もそのとびきりの“ごちそう”が来るのを期待していたけれど
目の前にあったのは、まぁ、普通にオムライスだった。
美味しかった。
美味しいオムライスだった。
でも正直、何かが変わってしまっている気がした。
昔に食べた味はもう記憶にないけれど、何かが変わってしまっている気がした。
オレは、オムライスを食べながら、少し動揺した。
何か、大事なモノを失った気がした。
そして、なんとなく漠然と、こんなことを考えた。
変わったのはオムライスではなくて、オレの方かもしれない。
オムライスは、昔からそのままかもしれない。
人は大人になるたびにいろんなモノを吸収して、
そして、ソレと引き換えに大事な何かをどんどんと忘れていく。
そんな中、オムライスとソレにまつわる些細な想い出などはもう、
オレにとって大事な何かですらなくなくなってしまうほどに、
オレは変わってしまったのかもしれない。
だとしたら、
オレにとってオムライスはいつからごちそうではなくなったのだろう。
はたしてそんな自分は、成長したといえるのか?
ソレを成長と言うならば、悲しむべき事なのではないのか?
目の前の友人は、
ステーキとエビフライを下品な顔をして食い散らかしている途中だった。
ライスをすくおうとするたびに
ナイフとフォークが皿にあたったチン、チンという音をたてて、
オレを少しイラつかせた。
クリームソーダを少しづつすするたびにチュゴ、チュゴゴゴと音をたてて、
ますますイラつかせた。
オレは友人に「どう?美味い?」と訊いた。
すると目の前の友人は、言った。
「あっつぃ」
(答えになってねぇんだよ。オレは味を訊いてんだよ!!)
オレはまた少し、イラッとした。
コメント
いいですね。
ありがとうございます!!
やー、お恥ずかしい!!
●新日本赤軍様。
新日本赤軍様にも想い出のお店、ありますか!!
きっと皆さん、あるんですよねー。
なんちうか、懐かしいような、切ないような、
そんなお店。